第二章 The secret Memory

The Secret Memory ①


 二〇十九年──平成三十一年 四月──


 子供が寝静まっている夜中の一時すぎ。

わたしはいつものごとく眠れずに──睡眠導入剤の薬を飲んだけどダメで、追加でもう一日分の薬を飲んだけどやっぱり眠れなくて、今夜の睡眠はあきらめた──、らしと暇つぶしをかねて、換気扇が回る下でタバコを吸おうとライターに火をつけた。


手が震えていて、うまく着火できない。けど、両手を使えば問題無い。

 わたしはため息と一緒にたっぷりの煙を吹き出した。


この手の震えは、わたしの〝自分の限界を知るためのパロメーター〟。

タバコに火をつけるのさえてこずっているようじゃ、そろそろ限界が近い。

ずっと一人で抱え込んできたけど、それももう無理そう。

頑張れば頑張るほど自分をつぶしているなんて。……もう、ほんっと……やってらんない。苦しい。息ができない。


 どうしよう、助けを求めようか……助けを求めていいの?


 わたしは、まな板の上に放ったままのスマホを手に取り、通話履歴をスクロールしていって、一番電話をしたくない相手の名前を探して……見つけた。


 真実と向き合うのが怖くて、ずっと目をそむけて逃げてきたけど、これがこんなにも苦しむ事になるなんて、知らなかった。


逃げているほうが、生きていて〝ラク〟だと思っていたのに。……あぁ、苦しい、吐きそう。みぞおちあたりがムカムカする。視界も頭もフラフラしてきた。このままだと〝死〟に吸い込まれてしまいそう。──もう、限界。というか、とっくに限界がきていたのかもしれない。目を背けて生きていく事で、わたしは延命していたのかも。


 どうしよう。心を決めて助けを求めようとしているけど、これが〝死〟に繋がるおこないになったら──。


 震えた冷たい手に持つスマホの画面を怖々と見る。


 二度目の結婚をして苗字が変わったわたしのお姉ちゃんの連絡先の画面が、わたしからのアクションを待ち構えている。


 わたしはお姉ちゃんを、ずっと秘密にしてきた真実の想いを告白する相手にしようとしている。わたしの知りたい事を訊きだして、助けを求めようとしている。普通じゃないことに巻き込もうとしている。


告白する事で、お姉ちゃんが気分を悪くするのも目に見えてわかってる。ひどくののしられるのだってわかってる。きっと、これ以上ないっていうくらいコテンパンにされる。──だけど、訊かずにはいられない。


それに、わたしにとって人生最大の告白をする相手に、お姉ちゃんほど一番の適任者はいないわ。わたしを容赦なく叩きのめしてくれる唯一の人だから。


もっとも、今のお姉ちゃんの助けなくして、わたしは生きていけるの? ……そんな自信ない。

 生きるか、死ぬか。ここまで人生のどん詰まりを感じた事ってない。どっちを向いても八方塞がりで、わたし一人の力じゃ、もうどうにもならない。……きっと人生の岐路ターニングポイントなんだ。今が。


生か、死か、どちらに転ぶかはわからない。


 わたしはタバコをふかしてから、お姉ちゃんの連絡先の番号を震える指先でタップした。


 呼び出し音 十コール。お姉ちゃんがなかなか電話に出ない。

こんな時間だからっていうのも、もちろんある。電話をするのには非常識な時間だし。

けど、お姉ちゃんはカンがするどいから、これが良くない電話だって気づいているのよ。この不吉な呼び出しに応じるか、保留にするかを迷ってる。

でもお願い、出て。緊急事態なの。自分勝手なのはわかってる。

でもこのままじゃわたし、死んでしまいそうなのよ。だからお願い、出て。罪の意識と緊張のしすぎで心臓がオーバーにドキドキしてる。早く出て。


「──もしもし? 紫穂?」やった、十八コールの途中でお姉ちゃんと繋がった。


 お姉ちゃんの第一声は〝明るい口調を最大限に意識して出しているけど、こっちはあなたを怪訝けげんに感じているから、そこをお忘れなく。どうか要件を手短にお願い〟を彷彿としていた。


わたしはお姉ちゃんの機嫌をふまえた上で、自分に〝少しでもいいから冷静になれ〟と云い聞かせて、またタバコをふかした。

深呼吸……深呼吸よ……。



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