Where was the real?②


 家の玄関門を出てすぐの道路では、オレをむかえに来た白い軽自動車がすでに待機していた。べつの後輩……涼の親友である植田うえたの車だ。


 普通なら、先輩であるオレが車を出すはずだった。けど、オレの車は目立つから──今日みたいな日は、特に悪目立ちをしてしまうから──後輩が……植田が車を出す役割になった。


 オレはかがんで、車のフロントガラス越しに車内を覗きこんだ。

運転席でハンドルを握る植田が、オレと目が合って軽く会釈してくる。助手席に乗っている、やたらとガタイのいい男も「よっ!」と手をあげてきた。こいつも、オレの後輩──八千代やちよだ。……後輩といっても、直接的な後輩ではない。二人とも、涼が繋げて知り合わせてくれた、今となっては友人になりつつある二人だ。


 オレはうっすら笑みを浮かべた。八千代の調子にあやかり、手をあげて挨拶をする。こんな気分な時ほど、お調子者の存在が救いに感じるよな。ほんと、助かるよ。


 車の前の席がうまっているから、必然的にオレの座る席は後部座席か。まあ、なんでもいいんだけどさ。

オレは傘をたたんで、いそいでせまい車に乗り込んだ。喪服とはいえ、新品のスーツをあまり雨で濡らしたくない。


「雨脚、かなり強いな。運転、大丈夫そうか?」あっというまにずぶ濡れになった傘を横へ追いやりつつ、前に座る二人に一応、確認だけした。まじで事故だけは勘弁してほしいから。


 振り返った植田は困り顔で苦笑にがわらいを見せた。

「大丈夫もなにも、めちゃくちゃ気をつけてますよ。ワイパーMAXにしてるけど前が見えずらいし……。ここに来るまでに見かけた車も、ほとんどが夜みたいにライト点けてるし、危ないっすね~」


「俺らもライト点けて、安全運転で行こう」八千代が調子こきに拍車をかけて笑った。「警察学校に通ってるからさ、まずいんだよね、わかるだろう?」


「ああ、そうだったよな」オレは笑いを噛み殺しながら植田と目配せをした。植田もニヤついている。「プライベートで運転しちゃいけないんだもんなあ。ほんっと、厄介な職業を選んじまって、大丈夫かあ? やっていけそうか?」


 警察学校の訓練がどれほどキツイものなのかは、顔を合わせるたびガタイがよくなっていく八千代をよーく観察していれば、ひしひしと伝わってくる。


 八千代は窮屈きゅうくつそうに身体をひねり、笑顔をこちらに向けてきた。


「訓練はキツイですけど、なんとかなりそうですね! ──で、そっちの調査のほうはどうです?」


つけ加えられた質問で、車内の空気がピンと張りつめた。八千代はそんなのおかまいなしに続ける。


「なにか、進展はありました? 八鳥やとり 紫穂しほの足取り。あの子、どこに雲隠れしちゃったんですかね? 俺って、学校にほとんど缶詰め状態だから、身動きがとれなくって。だから気になってしょうがないんですよ」


「進展があったらメールで知らせてるよ」オレは八千代のお喋りを遮った。


 張りつめた空気をなごませようと、すかさず植田が口をすべりこませてくる。


「〝ジャーナリストになった〟とはいえ、そうすぐにフリーじゃ動けないですもんね」


 植田からの助け舟でさえ、苛立ちを覚えてしまう。オレの足が勝手に貧乏揺すりを始めた。


 運命を怨んだってしょうがないのは、わかってる。わかっているんだ……!


 植田からのいたむ視線が、バックミラー越しに刺さってくる。──くそ! 後輩から心配されて、どうすんだよ! しっかりしろよ、オレ!


「とりあえず葬儀場に向かいますよ? もうそろそろ始まる時間になるし、僕たちは手伝いもあるから、早めに行かないと」


「安全運転な?」

八千代の、軽い調子で念を押してくるさまも、茶々を入れているようにしか感じない。いいかげん神経にさわる。……そろそろ黙ってくれないかなあ?


 植田が車を発進させたところで、ようやく自分がかなりイラついているのを自覚した。……オレは、不機嫌なんかじゃない。くやしいんだ。自分の無力さに、とてつもなく腹が立つ……!


 涼が事故に遭った日から、オレはずっと調べてる。事故の真相を。


 どうしても納得がいかないんだ。どうして涼はひとりきりでバイクに乗って走った? 仲間と走るのが大好きだった涼が、ひとりで走るなんて、んだよ。


 だからいろんなヤツに訊いてまわった。

大学に通っているかたわらで、時間が作れたとなれば片っ端から聴き取り調査。


誰がチクったのか知らないけど、通報を受けた警察官……刑事か。刑事から「いいかげんにしなさいよ? 困るんだよ、あなたのやってる事はね、捜査妨害になるの。わかる?」なんておどされたりもした。(上等だよなあ!)


 だけど半年ほど前、ようやく事の発端ほったんであろう人物にたどり着いた。


 …──八鳥 紫穂。


 この女が、涼の事故にかかわっているのは、まず間違いなかった。


けど、断言するようなハッキリとした根拠は無い。証拠もなにも無い。

だからこれは、カンだ。オレの直感。


 とはいえ、裏付けるような理由がちゃんとあるから、オレは確信づいてるんだ。


 今、車を運転している植田をはじめとする、涼の……涼の地元の仲間たちが、ことごとく、八鳥の名前が出るたびに、きゅうに態度をよそよそしく変える。あげく最終的には、み~んな揃いもそろって口をつぐむ。……どう考えたって、おかしいだろう? 胡散臭すぎだよなあ。


 で、八鳥 紫穂を調べまわった。──けど、そこでどん詰まり。


 あの女は、高校を卒業すると同時に、どこかへ引っ越した──それこそ、雲隠れでもするみたいに──。引っ越し先は誰も知らないらしい。ただ一人として、誰も、なにも知らないんだぞ? そんなわけあるかあ? おかしいだろう? 普通、誰かしら知っているよな、引っ越し先くらい。


 目の前で運転している植田にだって、オレはしつこく訊いたんだ。けど知らないの一点張り。

 調査どころの話しじゃない。進展したくても、足取りがまったくつかめないんだよ! ──クソッ! こんな、なにもかも有耶無耶うやむやで、こんな中途半端な状態で、涼はついに死んでしまったし……! どうやって、なにを想って最期のわかれをすればいい? 顔向けもできないような、こんな状況で。




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