Where was the real?①


 二〇〇二年 ──平成十四年 六月──


 運命を怨んだってしょうがないのは、わかってる。

「傘、持って行ったほうがよさそうだな……」

降り出した雨脚あまあしのうざったい音で、オレは独りちた。


 二十四歳になるとしのオレは、新品の黒の喪服スーツにそでをとおしながら、雨粒に叩かれ濡れる窓をチラリとだけ見て、また視線を前に戻した。

立鏡たちかがみの前で黒色のネクタイをい上げ、ととのえる。──どうして、こんなことになった? ずっとそう考えている。


 どうして、こんな若さで、後輩の葬式に──正式には、通夜つやか──行かなきゃならない?


 あいつはまだ二十一歳だぞ。いくら成人式をむかえられたからって……いや、あんなかたちで、はたして成人式を迎えられたって云えるのか? 寝たきりの植物状態で。病院のベッドで横たわっているだけのあいつに、成人式? ──はっ! 笑えねぇよ。


 オレはかぶりをふって、部屋を出た。葬儀場に行かなきゃならない。時間通りに。葬式で遅刻はありえないからな。それに、あいつに……りょうに、最期のわかれをしないと。


「ご香典こうでん、持ったの?」母さんが空気を読んで、そぉ~っと訊いてきた。今のオレって、きっと扱いにくい空気をまとっているんだろうな。


 オレは作り笑いもしなければ、目も合わせずに、不機嫌なままうつむいて、靴ベラを使った。「ああ、ちゃんと持ったよ。……行ってきます」


 そう、オレは不機嫌なんだ。というか、いろんな感情がないまぜになって収拾しゅうしゅうがつかない。やる気だとかの活力、生きるための食欲、未来や自分への野心、希望、期待、どこへいっちまったんだ?


「いってらっしゃい……夏樹なつき、気をつけてね」語尾に込められた母さんの気迫で、オレの思考と感情が一瞬で現実に返ってきた。


オレはこれから、交通事故で死んでしまった後輩の、涼の葬式に行くんだ。そうだ、そりゃそうだよな。心配くらいするさ、母親なら。しかもこの雨なら、なおさら。


「気をつけるよ」オレは振り返って、やっと母さんと目を合わせた。「葬式に行く途中で事故に遭うとか、ほんと、シャレになんないもんね。……ちゃんと帰ってくるから。じゃ、行ってきます」


 二回目の行ってきますの挨拶をして、玄関の扉を開けた。

「いってらっしゃい」母さんの二回目の返しを背中で受け止めながら空を見上げる。

このところずっと、かわりばえのしない、わかりきっている空模様。

梅雨の雨。

雨はどしゃ降り。


オレの気分と同じくらい雨も泣きたいらしい。……ぜひとも、たくさん泣いてくれ。泣くに泣けないオレの分まで。

ずっと泣きわめき続けてくれ。今はそれでしかとむらえそうもないから。


 オレは紺色の傘を広げた。


 運命を怨んだってしょうがないのは、わかってる。頭では、わかっているんだ。


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