弐(9)


「まあ、どのようにするかは置いておいて……」

 蘇芳は顎に手をやり、考える仕草を見せる。

「とりあえず相手の調査をしなければ、ですかね。佐紺殿、禍羅組とやらは何処に根を張っていらっしゃるのですか?」


 なんともなさそうな顔で尋ねてくる蘇芳に、佐紺は驚愕の表情を向ける。


「おい……蘇芳、本当にやんのかよ」

「何をです?」

「山賊退治――禍羅組をぶっ潰すって」

「ええ」


 蘇芳は頷いた。


「琥珀殿がこれから先困らないようにするためです。それに佐紺殿の反応などからも、この色沢国の人びとは禍羅組に手を焼いているのでしょう。……やるなら、今しかないのでは?」


「確かにそれはそうだが……本当に、やるんでぇ? 禍羅組はただのゴロツキの集まりじゃないんだぜ」


「たとえば?」


「武士も居る。つまり刀持ってるやつが居るんだ! さっきは蘇芳……お前はほとんど拳と足で倒しちまったが、長物を持った相手だとそうは行かない」


 佐紺は禍羅組の恐ろしさを、力説する。中には武士も居る大規模な山賊集団――いくら蘇芳が強いとはいえ、護身術のような体術では禍羅組と戦いきれないのではないか。


 佐紺はそれを恐れていた。


 だが――――。


「そうでしょうか」


 蘇芳は、飄々とした声で言う。


「佐紺殿、貴方は禍羅組の武士を怖いといいますが……貴方も侍でしょう。そんなを何故恐れるのです?」


「ありふれた敵……? そりゃ一体どういうことでぇ!? お前まさか刀持ちとやったことあるのか?」


 眉をひそめた佐紺に対し、蘇芳はおどけて口元を袖で隠してみせた。


「おっと、口が勝手に。まあ、私に任せてくだされば結構ですよ」


 袖をヒラヒラと振る蘇芳。琥珀が口を挟む。

 

「蘇芳……ほんとに、無理だけはせぇへんでよ?」


「大丈夫です」


 その紅い瞳に宿るは、メラメラと燃え盛る闘志。それを見てしまった琥珀は思う。

(――蘇芳、あんた穏やかで優男のフリして……本当はなん?)


 でも、訊けない。

 蘇芳このひとの過去には、誰も足を踏み入れてはいけない気がするから。





「まじかよ……本当に、やる気なんだな?」


 佐紺が蘇芳に向かって感嘆しつつも呆れたような声を出した。彼の紅い眼光が揺るがないのを認め、佐紺も覚悟を決める。


「わかった。そんなに真面目な顔で言われたら何も返す言葉は出てこねぇよ。……禍羅組あいつらはな、ここの森を抜けたところの東にある山に拠点を置いている」


 佐紺が古寺の敷地から出て、道の先を指差す。この緑豊かな国境の森を抜ければ、少し開けたところに出るのだ。その東に位置する鬱蒼とした小高い山――椿峰山つばみねやまに、彼らは潜んでいる。


「なるほど、山ですか」


 蘇芳が懐から、何やら古臭い紙を取り出した。それは薄い墨で簡素に描かれている、色沢国の地図。旅人は暫しその絵図とにらめっこしていたが、現在地と件の山が分かったのか、ああ、と声を上げる。


「ここですか。椿峰山」

「そうだ」


 佐紺が答えた横で、琥珀も頷いた。


「みんな、禍羅組が怖くて麓の村にはもう人は居ないんよ。せやから、椿峰山の周りはえらく静かなんやで」


「なるほど」

 蘇芳が目を細めた。

「それでは今夜あたり、偵察に行ってきましょうかね。琥珀殿と佐紺殿は、どこで待っております?」


 琥珀はすぐに返事をする。


「ここ。わっちは家なんて無いし、このお寺はんにお世話になるわ」


 幸い住職らしき姿も見当たらないし、雨風を凌げる屋根もある。人もあまり寄り付かなそうだから、家無き琥珀にとっては安全な場所だった。


「佐紺殿は」


 蘇芳の目が、若侍に向いた。


「俺は屋敷に戻……あ、いや」

 佐紺は帰ると言いかけたが、隣に佇む幼い少女を見て言い直す。

「琥珀と一緒にここに居ることにする。禍羅組の奴らが何処で琥珀のことを狙っているか分からないからな」


「それは助かる」


 蘇芳は微笑んだ。つられて琥珀も佐紺も少し笑う。


「じゃあ、今夜はこのお寺で泊まることにしましょうかね。私は日が暮れ始めたら出立します」


「わかった」

「な、蘇芳、佐紺。お堂の中に入ろ」


 蘇芳の言葉に頷いた佐紺の袖を、琥珀が引っ張る。


「おいおい、そんなに引っ張るな。羽織がちぎれる」

「は? わっちはそんな怪力じゃあらへんで!」

「嘘つけ。このお転婆てんば娘が」

「佐紺殿、琥珀殿も。喧嘩はしないでくださいね」


 三人はわちゃわちゃとしながら、この古い廃寺の小さな本堂の中へ入っていく。



 彼らの背中を照らす夕焼け。日が傾き始めた空には、宵の明星がうっすらと輝き始めていた。

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