第2話 “白の魔法使い”と“黒の魔法使い”


◇◇◇


 かつてこの世界には、“白の魔法使い”と“黒の魔法使い”の大きな二つの勢力があった。

 白い魔法使いは、別名『光の魔法使い』といわれ、黒い魔法使いは、別名『闇の魔法使い』といわれていた。

 白の魔法使いは、その魔法の力によって、人々を癒し、幸福を齎す存在として知られていた。

 一方、黒の魔法使いは、暗黒魔法を駆使し、悪を懲らしめる存在として、人々から恐れられていた。

 白の魔法使いと黒の魔法使いは、長きに亘り、互いにその領域を犯すことなく、尊敬しあうことで、共存していた。


 ところが、世間の人々は、暗黒魔法を駆使して人間たちに“罰”を与える黒の魔法使いの存在を疎ましいと感じるようになった。

 人間たちが悪を行うことがなければ、彼らが敢えてその魔法を使うことはないのだが、そうした魔法の存在自体が、人間にとって、不要であると考え始めたのである。


 現代でも、抑止力としての核兵器が必要であるか、不要であるか、その意見は識者の間でも分かれるところだが、多くの良識ある人間の意見としては、核が不要と考える方が正しいとされる。

 それと同じことが、闇の魔法についても、謂われるようになったということだ。

 

 *


 闇の魔法を恐れる人間たちは、口々に唱え始めた。


「闇の魔法なんか、いらない。闇の魔法を抹殺せよ。闇の魔法を使う黒の魔法使いは、いらない。黒の魔法使いを葬り去れ!」


 こうして黒の魔法使いは、人類の敵とみなされるようになった。

 白の魔法使いは、初めの頃こそ、黒の魔法使いに対して、同情していた。


「黒の魔法使いも不憫なものだ。彼らは悪を懲らしめるために、その魔法を使っているだけなのに……」


「だが、それでは“正義の味方”というわけにはならん。悪人を魔法によって懲らしめるのは、私刑(リンチ)と何ら変わらんではないか」


「悪事を働いたものは、裁判によってきちんと裁かれ、法の下で刑罰を受けねばならんのだ」


 こうして白の魔法使いたちも、世論に同調する形で、黒の魔法使いを敵視するようになっていった。


 黒の魔法使いは、社会からは、いつしか追われる立場へと変わっていった。

 彼らは、自分たちをあくまでも“正義”の執行者として位置付けていた。

 世間から追われようとも、闇の魔法を後世に残し、正しい用い方を伝えていくことが己の使命であると、考えた。


 こうして、白の魔法は、“表の魔法使い”となり、黒の魔法使いは、世間から忌み嫌われる“裏の魔法使い”となったのである。



◇◇◇


“純白の魔女”シズカは、“漆黒の魔女”エミの攻撃を寸でで、躱(かわ)した。

 今の攻撃を諸(もろ)に受けていたら、シズカとて危なかったに違いない。


「その技はさすがに卑怯じゃないの?」


「何をおっしゃるの。私たちの闘いに卑怯もクソもないでしょう?」


「なんと、下品な!」


「あら、御免なさい。クソは言い過ぎだったわね。へったくれと訂正しとくわ」


「言葉はともかく、あなたの今の技は、相手を“消す”魔法でしょう? それを使っていいのは、相手が悪人のときだけじゃなかったの?」


「そうね、私たち“黒の魔女”のポリシーとしてはそうだけど、今は、大事な“決戦”の時だし、そうも言ってられないのよね」


 エミは、相手を小馬鹿にするかのように、拳で顎を支えるポーズで腕を組み、困ったような顔を少し傾げてみせた。

 

「そっちがその気なら、こちらも本気でいくしかないわね」


「あら? まだ本気じゃなかったの? まだ奥の手があるなんて、こわーい」


 エミは、少女のように両肩を抱えて、ブルブルと揺すった。


「バカにしてるのも今のうちよ」


 シズカは白いマジック・ワンドを空間からポンと取り出すと、さっと右から左へと振った。

 マジック・ワンドの軌跡に沿って、金平糖のようなキラ星がさらさらと流れ出た。

 流れ出たキラ星は、星雲のように集まったあと、シズカが再びワンドを振ると、針のような形に変わり、エミ目掛けて飛んでいった。


 ふいを突かれたエミは身に着けていた黒いマントを引き上げて、自分の顔を防ぐので精一杯だった。

 キラ星の針は、何本かがマントの上にビシビシと刺さり、何本かはマントを突き抜けて、衣服の上から身体にまで直接突き刺さった。


「う!」

 

 エミはいきなり注射を打たれたような感覚に、思わず声を上げた。


「いたああい。何するのよ!」


「これしきのことで何よ。自分は私のことを消そうとしたくせに」


 エミはマントに突き刺さった針を自分の持っていた黒のマジック・ワンドで振り払うと、衣服に刺さった数本をゆっくりと抜いた。


「この針、まさか、毒とか付いてないでしょうね?」


「あなたたち黒の魔女じゃないんだから、毒なんて使わないわよ」


「まあ、失礼ね。私たちだって、滅多に毒なんか使わないわよ」


 エミは針を抜き終えると、マントをさっと肩の後ろ側に回してシズカに向き直った。


「ところで、これがあなたの奥の手かしら? 嫌がらせにはなるけど、決定打とまではいかないわね」


 実のところ、シズカとしてはこれが決定打のつもりだった。

 キラ星は攻撃時は針のように固体化して飛んでいき、相手に突き刺さったあとは、再びエネルギー化して炸裂するはずだった。

 ところがなぜか、エネルギー化せず、針のように固体化したままだったのだ。


(おかしいわ……)


「ふふ、何で“爆発”しないんだろうって、顔してるわね」

 

 エミがシズカが抱いている疑問を言い当てた。


「私の“魔法”で、針のままにしておいたのよ」


 エミとしては、白の魔法も、あらかた研究済みだった。

 シズカがキラ星のようなエネルギーを固体化させ、再びエネルギーに変えるという、この攻撃魔法の使い手であることを知っていて、対策を立てていたのだ。


「さあて、今度は私の番よ!」


 エミは指揮棒ぐらいの長さのマジック・ワンドを、チアガールが用いるバトンぐらいの長さに伸ばして起用に片手でぐるぐると回し始めた。


(え? また私を消そうとしているの?)


「大丈夫よ、心配しないで。これは、この世界からあなたを消滅させる魔法じゃないから」


 言うが早いか、エミはマジック・ワンドをぴたりを止めて、シズカに対して真っすぐ向けた。


 空気を震わすような波動が起こり、シズカの身体がノイズの入ったビデオ画面のように、横縞が幾重にも入って、滲むように消えていった。


「この世界から消えたんじゃなくて、どこか遠くに飛ばしただけよ。普通の人間なら場所によっては、死んじゃうかもしれないけど、白の魔女のあなたなら、きっと無事でしょう」


 数秒後、マッターホルンの頂上に、白いドレス一枚の姿で、寒さにガタガタと震えるシズカの姿があった。


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