魔法少女ノワール・ケイト

未来乃メタル(みらいの・めたる)

第1話 “魔女”と“魔法少女”(その1)

プロローグ


遥か昔。

この世界には、職業としての「魔法使い」が存在していた。

彼らは、様々な魔法を駆使し、鍛冶屋や大工、薬師と同じように、一般的な職業人として、人々に貢献することを生業として生きて来た。

そうした魔法使いの中でも、特に女性たちは得てして男性よりも優れた能力を持つものが多く、「魔女」と呼ばれて尊敬されていた。

しかし、いつしか、その能力の高さ故に人々から怖れられるようになり、忌み嫌われる存在となった。

言わずもがな、中世ヨーロッパの魔女裁判、魔女とされた女性の末路は、火炙りの刑……。

悲劇のジャンヌ・ダルクのように。

馬鹿な話だ。


そして、現在では、魔女は伝説の存在となった。

かつて存在したが、今は存在しない。

おとぎ話、あるいはフィクションの中だけの存在、と一般的には思われている。


 ところが、「この世界」には、確かに魔女がいる。

 でも、彼女たちの存在は一般には、ほとんど知られていない。

それは魔女の絶対数が、圧倒的に少ないことにも関係している。

 絶滅危惧種といってもいい。

 だから魔女なんて、我々、一般人には無関係な存在だ。


 だが、魔女の存在が、我々の未来に関りを持つようになったとしたら……。


 彼女たちの“能力”は、我々が想像するよりも、絶大だ。

 魔女の“異能”を目の当たりしたとき、我々は、手放しで賞賛できるだろうか?

 彼女たちの存在が、公になったとして、現代の“火炙りの刑”という憂き目に合わないと誰が約束できようか。



 *


第1話 “魔女”と“魔法少女”



「バカね、ケイト。魔法少女って、結局は“魔女”のことでしょ」


「ちがうよ、魔法少女は、魔法が使える女の子のことだよ」


「だから、それが大人になると、女の魔法使いになるわけでしょ?

つまり、それが魔女よ」


浅吹蛍糸(ケイト)は、友人のミドリと下校中の会話で、つい魔法少女のことを口走ってしまったのを後悔した。


彼女にはきっとわからないだろう。

魔法少女は、魔女なんかじゃない。

魔法少女に選ばれた女の子は、それこそ魔法の力で“永遠の少女”でいられるのだと、信じている。

決して、黒い頭巾をかぶって、大きなクエスチョンマークのような形の杖を持った御婆さんのような魔女になんかならないのだ。


「まあ、どうでもいいけどね。

“私たち”には関係ないもん。

 魔法少女なんかに、なれるわけないしね」

 

 ミドリは13歳のくせになんか考え方が大人びていると、ケイトは思う。

 もしかすると、魔法少女に憧れている自分の方が子供なのかもしれないと、ケイトは少しだけ思わないでもないけど、それだと、あまりにも悲し過ぎる。


「ねえ、ケイトちゃん。

 私ね、今度、魔法少女に選ばれたの……」


 携帯電話で従妹の葵ちゃんからそう告げられたのは、一昨年のことだ。

 葵ちゃんは、その前の日に14歳の誕生日を迎えたばかりだった。


「ええ、本当? 葵ちゃん、いいなあ」


 ケイトは素直にそう感想を述べたが、電話口の葵ちゃんからは、あまり嬉しそうな声が聞かれなかった。


「あれ? 葵ちゃん、あまり嬉しそうじゃないね」


「……。ううん。そんなことないよ。嬉しいよ、とっても」


 ケイトは、物心ついたときから、魔法少女にずっと憧れていた。

 もし自分が魔法少女に選ばれたのなら、飛び上がって喜んだに違いない。

 魔法少女に選ばれたという葵があまり嬉しそうじゃないので、ケイトは自分の夢が否定されたようで、少し癪に障った。


 魔法少女の存在は、ある程度知られていたが、それはウィーン少年合唱団とか、裁判員制度の裁判員とか、存在はしていても、ごくわずかの可能性でしかない存在だった。

 魔法少女に選ばれるのは、日本では、一年にわずか12人といわれていた。

 これは、譬えていうなら、ロト6やロト7で一等が当たるよりも低い確率だ。

 

 魔法少女に選ばれる条件は、よくわかっていない。

 それはすべて“ウワサ”でしかない。

 ただし、これまでの“例”から、わかっていることがいくつかある。

 その一。14歳になったばかりの女性であること。

 その二。処女に限る。

 その三。純粋な心を持つもの。

 

 だが、誰がどのように選ぶのか、そもそも14歳はともかく、処女であることや、純粋な心を持った者かどうか、どうやって見極めるのか、わからないことも多かった。


「ねえ、葵ちゃん。魔法少女になったら、何をお願いするの?」


「え? なにそれ?」


「だって、魔法少女になったら、一つだけ、自分の願いが叶うんでしょ?」


「そうねえ……」


 葵ちゃんは電話口でしばらく躊躇ったあと、ぽつりと言った。


「もう願いは叶ったのかもしれないよ」


 その電話の数日後、葵ちゃんがイギリスに留学したことを、ケイトは葵ちゃんの父、つまり母方の伯父さんから伝えられて、後から知った。


 ケイトは、その留学先は海外にある“魔法学校”なのだと、今でも思っている。

 数か月経って、ケイトの元に、葵ちゃんから写真付きのメールが届いた。

 葵ちゃんがどうなったか、とても心配だったが、葵ちゃんの写真の横には、ブロンドの髪を後ろに結った美少女が映っていた。

 黒髪の葵ちゃんとは好対照だが、二人が並んでいると、人種の違いはあっても、なぜか姉妹のようで、見ているうちに、嫉妬に近い気持ちが湧いた。


「隣にいるのは、ロシアから留学に来ているアナスタシアです。

 彼女とはお互いに、アオイ、ナーシャと呼び合っていて、すぐに仲良くなりました」


 葵ちゃんのメールには、魔法少女のことについて、一切触れられていなかった。

だが、きっと、この写真に映っているナーシャも、葵ちゃんと同じく、魔法少女に選ばれた一人に違いないと、ケイトは思った。


 それから、数年が過ぎて、葵ちゃんは、留学先で行方不明になったと両親から聞かされた。

 その話を聞いて、最初はショックだったが、ケイトは、葵ちゃんは魔法少女になって、もしかすると、もう日本に戻って、この国のどこかで活躍しているに違いないと、信じていた。


そして、本日。

ケイトは自分が14歳の誕生日を迎えることに、期待と不安の入り混じった気持ちを抱えて、中学校からの家路に着いていた。



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