第壱詣之三 大洗神社の白兎とガマ蛙

 旧暦の正月の朔の日に当たっていたのは、新暦の二月十日で、奇しくも、この日は、「建国記念の日」たる二月十一日の前日であった。


 そして――

 令和六年の〈真〉の元日に、書き手が初詣の地として訪れたのが地元の大洗に在る「大洗磯前(いそさき)神社」であった。


 「医薬・厄除・福の神」の大洗磯前神社が受け付けている祈祷は、具体的には、「家内安全、厄除、病気平癒、御宮参、虫切、交通安全、心願成就、神恩感謝、安産、七五三、旅行安全、身体健全、商売繁盛、社運隆昌、工事安全、職場安全、海上安全、大漁満足、開運招福、合格祈願」等である。


 その御祭神は「大己貴命(オオナムチノミコト)」と「少彦名命(スクナヒコナノミコト)」の二柱の神である。

 この名は『日本書紀』内の御名で、『古事記』の「大国主神(オオクニヌシノカミ)、「少名毘古那神(スクナビコナノカミ)」に相当する。


 大洗磯前神社の主祭神の〈神祇〉は国津神で、しかも国津神の主宰神とされ、〈神階〉は正一位である。その〈神格〉は、国造りの神、農業神、薬神、禁厭(まじない)の神で、〈全名〉が「大国主神」、〈別称〉が「大国主大神」である。

 ただし、〈ダイコク〉様の愛称もある大国主神の御名は、根国から帰ってからのもので、この〈全名〉以外にも、数多の〈別名〉があって、そのうちの一つが『古事記』における「大穴牟遅神(オホアナムヂノカミ、オオアナムジノカミ)」で、これが『日本書紀』では「大己貴命(オオナムチノミコト)」になっている分けなのだ。


 とまれかくまれ、国の礎を築いた、国造りの神たる大己貴命は、まじないや医薬を人々に教えた神なのだが、薬神たる大穴牟遅神の説話として忘れてはならないのは、『古事記』の中の「因幡の白兎」の話である。

 真水で身体を洗い、蒲の花粉である蒲黄の上で転がると傷が癒えると、皮を剝ぎ取られて泣いていた白兎に教えた神こそが、大穴牟遅神であった。

 それゆえにこそ、大洗磯前神社の御朱印の印には兎の意匠が使われているのであろう。

 ちなみに、神社の方では、この兎が、〈因幡の白兎〉であって、令和五年の干支の〈卯〉ではない事を強調している。


 大洗神社と関連した動物といえば、拝殿の左右に〈蛙〉の像が三体ずつ見止められ、撫でながら願う人次第で、御利益は、変える、返る、帰る、買える、例えば、物が返ってくる、無事に帰る、欲しいものが買えると変化するそうだ。


 ところで、何ゆえに蛙なのであろうか。


 書き手が調べた限りにおいては、大洗神社の境内に蛙が置かれている理由に関する記述を見つけ出す事はできなかった。

 それゆえに、ここからは書き手の憶測となる。


 そもそも、ガマガエルはヒキガエルの別称で、ヒキガエルは、在来種の中でも最大の蛙で、昔から日本列島に棲息していたのは、ニホンヒキガエルとアズマヒキガエルの二種である。

 ヒキガエルは、頭が大きく、茶色の厚い皮膚に覆われ、その皮の上にブツブツの突起が有る独特の外見をしているのだが、その最大の特徴は〈有毒〉という点だ。

 そして毒を持っているガマガエルは、〈ガマの油〉、筑波山名産の傷薬を生み出す癒しの蛙でもある。


 「鏡の前におくとタラリタラリと油を流す」とガマの油売りの口上の中にあるように、ガマガエルから分泌される、いわゆるガマの油、その薬効成分は〈蟾酥(せんそ)〉だと考えられ、事実、蟾酥には、強心作用、鎮痛作用、止血作用といった薬効もあるらしいのだが、ガマの油の主成分は、実は、植物の蒲(がま)の花粉であった、という説もあるらしい。


 ガマの油の薬効成分という薬学的な話は括弧に入れるとしても、蝦蟇蛙の油と蒲の黄色い花粉は、動物と植物の違いはあれども、両方とも薬として使われ、かつ、白兎の治癒に用いられた蒲と、毒にも薬にもなる蝦蟇は、〈がま〉と同音なので、こういった音の類似性ゆえに、大洗神社の拝殿脇に、六体の蛙が置かれているのではなかろうか。

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