第2話


 暗闇の中にいた。


 暗闇の中、誰かが布団の中に入ってくる感覚があった。


 私は違和感を覚えながら、身体を背けた。


 体を無理矢理に強制される感覚。


 腕が目の前にある。誰の腕だっただろうか。


 腕は下に下がっていった。


 布団がはぐれたことを認識する。寒かった。


 足を無理矢理開かれる感覚。


 開かれるすべてに抵抗した。入れた力はすべてが吸い込まれるように虚に消えた。


 服を脱がされた。下半身がさらに寒くなった。


 抵抗しなければいけない。だから、腕を振るう。


 何かにあたった。でも、何かには全く響かなかった。


 何かは移動した。それで終わればよかった。


 背中をなぞるような舌の感触が太ももから伝わってくる。


 くすぐったさを嫌悪感として覚えた。


 下腹部をなぞりつつある指先の感触。舌が共鳴するように、同じ場所を探そうとする。


 場所を探し終えた。指は秘部を探検する。


 奥を探るようにする指の腹の感触。


 痛い。


 指は波のように動く。引っ張られる感触がある。


 痛い。


 確実に痛みを感じ取る。奥を触る指の形。


 爪が長い。引っかかれているような気がする。


 痛い。


 口をふさぐ吐息が近づいてくる。


 お酒の匂いがする。


 肺に混迷する酸素の欠片。


 未だに私の中に指を入れ続けながら、呼吸するすべてが口に近づいて、そうして絡む。


 舌の感触が私の口蓋を撫でる。


 くすぐったさを嫌悪感と定義した。だから嫌悪感を覚えた。


 肺に混迷する酸素の欠片のようなもの。


 されるがまま。


 噛んだら怒られる。


 怒られるのは怖い。


 だから、何もしない。


 何かしたら、怒られる。


 解放される感覚。


 呼吸ができる。


 舌に残る嫌な酸味のようなもの。


 終わってほしかった。


 それで終われば、悪戯で終わらせることができた。


 でも、終わらなかった。


 指ではない何かがあてがわれる。


 私の穴のすぐそばにある、太い何か。


 嫌だ、嫌だ、いやだ。


 ──そうして、確実に奪われてしまった、私の初めてのすべて。





 彼がすべてを終わらせた後、彼は愛おしそうに私の下腹部をさするようにした。


 入っていた形が痛みとして奥の方に残っている。その感触のすべてを忘れてしまいたいけれど、具体的に残っているせいで、どのような大きさだったかを容易に思い出せてしまう。


 彼は、私に吐き出した温もりのすべてを穴の近くで眺めている。私の腹越しに見る彼の顔は愉悦に満ち溢れている。確かに何かが垂れる感触はある。でも、それが私のものなのか、彼の体液なのかは判断がつかない。体を起こす気力もない。だから、私はそのままぼうっとしている。


 生理が来ていれば、そういったものを感じ取ることができたのだろうか。


 生理が来ていれば、私も大人になることができたのだろうか。


 そんな適当なことを考えていた。


 何もわからないまま、気持ちの悪い彼の手の感触に身をゆだねるしかない。


 へその下をまさぐるようにする彼の手。その奥にある子宮の存在を確かめるみたいに、押しこむように触れてくる。


 彼が何かを聞いてくる。その意味合いを理解できずに、うん、とだけ返した。それを見て彼は口角を緩ませる。嬉しかったのか、下腹部をなぞっていた彼の指先や手のひらは、また私の穴を探るようにした。垂れていた液体を戻すように、掻いて、指を突っ込んでくる。最初の時よりも抵抗感はなく指が入って、滑りとは大切なことなんだな、と思った。


 気持ち悪くてしょうがない。しょうがないけれど、ここで逃げることはできない。どうすることもできない。逃げても、追いつかれる。だから、彼に従うしかない。


 掃除して、と聞き馴染んでしまった声の主が、彼がそう言う。その言葉の意味はなんとなく理解できてしまった。


 血で濡れそぼつそれを、私は口で──。





「ぉえぇ……」


 いろいろなことを、始まってしまった夜のことを思い出してしまった。私は洗面台に全ての嫌悪感を吐き出していく。


 震える指先の感触は、冬の冷たさに絆された水のせいではなかった。原因を考えることはしたくなかった。考えれば尚更震えは止まらなかっただろうから。


 溜めていた水をすべて流していく。酸味のある黄色い液体はすべてが奥底に呑み込まれていく。


 許されたい。許されたいと思う。でも、許されないな、って思ってしまう。


 このままでは病室に戻れない。


 正しく世界を映し出しているかもしれない鏡の中で、私の顔はどこまでも死んでいる。駄々しく映し出しているはずの其れが死んでいるのだから、この顔で病室に戻ることはできない。戻れば姉に心配をかけてしまうだろう。


 温もり、温もり、温もりが欲しい。乾いたものでもいい、質感のある物でもいい。確かな温もりがほしい。


 ポケットの中を探ってみる。皴になっている感触を指先で確かめながら、どこかにあるかもしれない小銭の存在を思い出す。誰からもらった小銭だったっけ。どうでもいいかもしれない。


 左側のポケットに、じゃりじゃりとする硬貨の存在。


 お金はある。お金があるなら、自販機にでも行こう。自販機で温かいものを買って、それで手を温めよう。呑み込めるかはわからないけれど、とりあえず買ってみよう。


 いつもの、コーンポタージュでも買おう。


 温もりに浸ることにしよう。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る