第2話
◆
暗闇の中にいた。
暗闇の中、誰かが布団の中に入ってくる感覚があった。
私は違和感を覚えながら、身体を背けた。
体を無理矢理に強制される感覚。
腕が目の前にある。誰の腕だっただろうか。
腕は下に下がっていった。
布団がはぐれたことを認識する。寒かった。
足を無理矢理開かれる感覚。
開かれるすべてに抵抗した。入れた力はすべてが吸い込まれるように虚に消えた。
服を脱がされた。下半身がさらに寒くなった。
抵抗しなければいけない。だから、腕を振るう。
何かにあたった。でも、何かには全く響かなかった。
何かは移動した。それで終わればよかった。
背中をなぞるような舌の感触が太ももから伝わってくる。
くすぐったさを嫌悪感として覚えた。
下腹部をなぞりつつある指先の感触。舌が共鳴するように、同じ場所を探そうとする。
場所を探し終えた。指は秘部を探検する。
奥を探るようにする指の腹の感触。
痛い。
指は波のように動く。引っ張られる感触がある。
痛い。
確実に痛みを感じ取る。奥を触る指の形。
爪が長い。引っかかれているような気がする。
痛い。
口をふさぐ吐息が近づいてくる。
お酒の匂いがする。
肺に混迷する酸素の欠片。
未だに私の中に指を入れ続けながら、呼吸するすべてが口に近づいて、そうして絡む。
舌の感触が私の口蓋を撫でる。
くすぐったさを嫌悪感と定義した。だから嫌悪感を覚えた。
肺に混迷する酸素の欠片のようなもの。
されるがまま。
噛んだら怒られる。
怒られるのは怖い。
だから、何もしない。
何かしたら、怒られる。
解放される感覚。
呼吸ができる。
舌に残る嫌な酸味のようなもの。
終わってほしかった。
それで終われば、悪戯で終わらせることができた。
でも、終わらなかった。
指ではない何かがあてがわれる。
私の穴のすぐそばにある、太い何か。
嫌だ、嫌だ、いやだ。
──そうして、確実に奪われてしまった、私の初めてのすべて。
◆
彼がすべてを終わらせた後、彼は愛おしそうに私の下腹部をさするようにした。
入っていた形が痛みとして奥の方に残っている。その感触のすべてを忘れてしまいたいけれど、具体的に残っているせいで、どのような大きさだったかを容易に思い出せてしまう。
彼は、私に吐き出した温もりのすべてを穴の近くで眺めている。私の腹越しに見る彼の顔は愉悦に満ち溢れている。確かに何かが垂れる感触はある。でも、それが私のものなのか、彼の体液なのかは判断がつかない。体を起こす気力もない。だから、私はそのままぼうっとしている。
生理が来ていれば、そういったものを感じ取ることができたのだろうか。
生理が来ていれば、私も大人になることができたのだろうか。
そんな適当なことを考えていた。
何もわからないまま、気持ちの悪い彼の手の感触に身をゆだねるしかない。
へその下をまさぐるようにする彼の手。その奥にある子宮の存在を確かめるみたいに、押しこむように触れてくる。
彼が何かを聞いてくる。その意味合いを理解できずに、うん、とだけ返した。それを見て彼は口角を緩ませる。嬉しかったのか、下腹部をなぞっていた彼の指先や手のひらは、また私の穴を探るようにした。垂れていた液体を戻すように、掻いて、指を突っ込んでくる。最初の時よりも抵抗感はなく指が入って、滑りとは大切なことなんだな、と思った。
気持ち悪くてしょうがない。しょうがないけれど、ここで逃げることはできない。どうすることもできない。逃げても、追いつかれる。だから、彼に従うしかない。
掃除して、と聞き馴染んでしまった声の主が、彼がそう言う。その言葉の意味はなんとなく理解できてしまった。
血で濡れそぼつそれを、私は口で──。
◇
「ぉえぇ……」
いろいろなことを、始まってしまった夜のことを思い出してしまった。私は洗面台に全ての嫌悪感を吐き出していく。
震える指先の感触は、冬の冷たさに絆された水のせいではなかった。原因を考えることはしたくなかった。考えれば尚更震えは止まらなかっただろうから。
溜めていた水をすべて流していく。酸味のある黄色い液体はすべてが奥底に呑み込まれていく。
許されたい。許されたいと思う。でも、許されないな、って思ってしまう。
このままでは病室に戻れない。
正しく世界を映し出しているかもしれない鏡の中で、私の顔はどこまでも死んでいる。駄々しく映し出しているはずの其れが死んでいるのだから、この顔で病室に戻ることはできない。戻れば姉に心配をかけてしまうだろう。
温もり、温もり、温もりが欲しい。乾いたものでもいい、質感のある物でもいい。確かな温もりがほしい。
ポケットの中を探ってみる。皴になっている感触を指先で確かめながら、どこかにあるかもしれない小銭の存在を思い出す。誰からもらった小銭だったっけ。どうでもいいかもしれない。
左側のポケットに、じゃりじゃりとする硬貨の存在。
お金はある。お金があるなら、自販機にでも行こう。自販機で温かいものを買って、それで手を温めよう。呑み込めるかはわからないけれど、とりあえず買ってみよう。
いつもの、コーンポタージュでも買おう。
温もりに浸ることにしよう。
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