<6-2>

 警察署を出た細谷は、とにかく人目につかない場所を探して、署の裏手に鏡子を連れていく。駐車場が目に入ったところで、足は勝手に喫煙所に向いた。人目につかないという意味でも、都合がいい場所ではある。


「もー、こんなとこに連れてきてどうする気?」


 細谷は鏡子をうとましく見ながら、煙草をくわえ、ネクタイを緩めて、ライターで火をつけた。最初の一服目を肺いっぱいに吸いこみ、ためこんだ煙を吐きかけてやった。

 鏡子は一瞬顔をしかめるが、避けずに紫煙を真正面から浴びる。煙が晴れたあとには、その顔に挑戦的な不敵な笑みが浮かんでいるのを目にした。嫌なガキだと、心底思った。


「何しに来たんだ、お前。学校行けよ」

「大人って、口を開けば学校行け学校行けってうるさい。別に行かなくても大丈夫だって、何度説明しても聞きゃしない」


 ほんの少しすねたような口調で、鏡子は愚痴を言う。


「だったら、制服着て警察署にくるなよ。俺がやばい奴だと思われるだろ」

「制服は何かと便利なんだよ。家を出るとき怪しまれないし、自分の身分を保証するのにも使える。遅い時間になると、時々警察に職質されるのは面倒だけどね」


 そう言いながら、鏡子は落ちていた吸い殻をつまみ、灰皿に投げ入れた。どこまで本気で言っているのかわからない。

 細谷はわずらわしくなって、とりあえず学校関係の話題は口にしないことを決めた。喫煙所に設置されている安っぽいプラスチック製のベンチに腰を下ろし、気持ちを落ち着かせるために煙草を吸う。

 鏡子も隣に座る仕草を見せたが、途中で思いとどまりやめた。風雨にさらされて劣化したベンチは、汚れが目立つ。


「それで、意味なくきたわけじゃないんだろ。理由を言え」

「そんなの決まってる。誰だって、自宅で死体が発見されたら気になるよ。事件の進展を知りたいと思うのは、普通のことじゃないかな。それに、最初から引っかかってることがあるんだよね」

「最初からって……なんだ?」

「うちに死体があること。誰にも気づかれず、うちに死体を隠すのって難しいと思う」


 細谷は怪訝そうに鏡子を見た。鏡子が言うまでもなく、この事件に関わる全員が疑問に思っていることだ。その謎を究明するために、警察は捜査をしている。

 いまいち何が言いたいのか理解できない。細谷は根元近くまで尽きた煙草を灰皿に押しつけて消し、間を置かず二本目をくわえた。


「煙草吸いすぎ」という鏡子の指摘は無視して、火をつける。確かに吸いすぎかもしれない、少し喉が痛かった。


「よくわかんねえが、お前が知りたいことは警察が調べてる。そのうち結果は出る、おとなしく帰れ」


 納得いかないようで、鏡子はふくれっ面を作る。細谷としては、なぜ納得しないのか納得できない。


「あー、そういえば、昨日の侵入者のこと、何かわかったか?」

「え、ああ、うーん……」


 急激に歯切れが悪くなった。鏡子の視線が、右から左にゆっくりとずれていく。わかりやすく不審な態度だ。


「お前んちぐらいでかいと、防犯設備も整ってるだろ。きっと防犯カメラもあるよな。映像を見せてくれないか。侵入者が誰か、わかるかもしれない」

「見たいの? それはちょっと――」


 あきらかに反応がおかしい。細谷はさらに踏みこもうと、頭のなかで質問を選別する。

 しかし、細谷が追い込むまでもなく、鏡子は投げだした。へにゃっと表情を崩し、照れくさそうに頭をかく。


「いやぁ、これは無理だな。防犯カメラを見られたら、何を言ったところでごまかしようがない。うん、しかたないね、これは。白状する」


 折れてからは早かった。自身に対する言い訳を口にしてすっきりしたのか、鏡子は後ろめたさなどまったくないかのように説明をはじめた。


「実は、細谷さんがいなくなってから、侵入者の彼と会って話をした。彼は秦武蔵くん、うちで見つかった死体、宗田さんの息子なんだって」

「息子ぉ?!」


 思わず驚きの声がもれる。


「ヤクザだから、警察に関わりたくないとも言ってた」

「ヤ、ヤクザ?!」


 再度発した驚きの声は、上ずりすぎて飛びそうになっていた。


「ちょっと待て。どういうことだ、宗田の息子はヤクザなのか。どこの組だ?」


 鏡子は首をすくめて曖昧に笑う。意識したものではないどろうが、癪にさわる顔つきで軽く苛ついた。


「さあ、それは聞いてない。どこの組かって、今回のことに何か関係ある?」

「あるかもしれないし、ないかもしれない……」


「はっきりしないなぁ、そんなんで大丈夫、刑事さん」と、鏡子は小馬鹿にしたような口調で言った。さらに苛立ちがつのる。

 細谷はたまっていくストレスを、三本目の煙草でまぎらわした。


「そいつは息子だから、親の死に場所を見に来たわけだ。本当にそれだけが目的だったのか?」


 息子というだけなら、疑問に思うことはなかったかもしれない。だが、ヤクザとなれば話は変わる。宗田が行った宝石強盗は、ヤクザ絡みだ。その息子がヤクザというのは、何か作為的なものを感じた。それに、三森邸に忍び込んだ理由も気にかかる。本当に親の死に場所を見にきただけなのだろうか。他に目的があったとするなら、考えられる理由は一つしかない。

 何はともあれ、一度じっくり尋問する必要があった。問題は、どうやって見つけるかだ。


「宗田の息子が、どこの組かわかればいいんだが。辻はもう頼れないし、どうしたもんか……」

「会いたいなら、会わせてあげられると思うよ。電話番号交換したし」鏡子の発言に、細谷は目をむく。「あっ、でも、会っても捕まえたりしないでよ。さすがに警察に売ったみたいに思われるのは、わたしでも抵抗がある」


 細谷は反射的に、ブレザーに包まれた鏡子の肩をつかんでいた。さわり心地のいい、なめらかな生地の感触が手に伝わる。細谷が愛用しているセール品の安スーツよりも、よっぽど高価な品にちがいない。


「わっ、ちょっ、な、なに?」

「お前、昨日言ってたよな。ドライブに行きたいって。特別に連れていってやるよ。ほら、来い!」

「えー、待った待った。話が全然見えないよ!」


 細谷は煙草を灰皿に投げ捨て、戸惑う鏡子をひきずっていく。駐車場は目の前、愛車の白い軽自動車はもう見えている。

 厳しい状況のなか、降ってわいた手がかりを逃すわけにはいかなかった。細谷は車のキーを取り出しながら、鼻息荒く歩を進める。

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