2024.12.31──筆録小屋の一年

 この小屋の中の椅子に座って一年間、随分と様々な客が訪れたものだった。

 鉄塔に上って竜を撃ち落とす猟師から始まり、鏡餅と戦う木槌職人、教室の窓から巨大な蝶を目撃した学生、秘境の音を追い求める作曲家、人には見えないキーホルダーが見えるという男、手紙を咥えたペンギン、目に魚を育てる女、虹を編む職人、海の上を歩く少年など、実に多種多様だ。

 私は彼ら彼女らから話を聞き出し、それを出来るだけつぶさに机の上に置かれた紙に書き留めていった。時間は十分と定められていたが、ほとんどの場合でそれをオーバーした。特にある時訪れた神父風の男や、ベースの音に紛れてやってきた探偵の話はあまりにも長く、すべてを書き留めるのに一ヶ月を費やしてしまった。

 書き留めた記録、あるいは物語とも言えるものを、私は毎日決められた番号にファックスで送信した。その番号の相手が誰かは知らず、またどこに住んでいるのかも知らなかった。とにかく、そういう契約のもと、私は一年間この小屋で働き詰めだったのである。

 今日がその最終日。私は昨日までそうだったように朝から椅子に腰かけ、小屋の扉をノックする音を待ち続けているのだが、今日に限ってまったくその気配はなく、ついに日が暮れてしまった。これでは、今日の分の記録を送れないではないか。

 するとその時、こちらから一方的に送信するばかりだった電話が鳴り出した。面食らった私は慌てて受話器を手にしたが、ピーヒョロローという音と共に、一枚の紙の印刷が始まった。どうやらファックスが送られてきたようだ。昨日まで私がそうしていたように。

 ファックスの送信が終わり、排出された紙がペラッと小屋の床に落ちた。それを拾い上げ、文面を見た私はまたしても面食らった。

『最後はあなただ』

 その短い文章が意味することは何なのか、私にはすぐに理解できた。しばらくの間紙を持ったまま立ち尽くしていたが、ついに私は椅子に座り直し、机に残っている最後の紙にペンを走らせた。

 果たしてこの私に、お眼鏡に適う記録が書けるであろうか。

 いや、昨日まで何百人もの話を聞いてきた私だ。きっと書けるはずである。

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