2024.12.25──文字の脱走

 原稿用紙の上で放し飼いにしていた文字たちが、ある日枠から飛び出して町中へ逃げ出した。

 私が飼っていた文字は、町の中に暮らす文字たちに混じり、見分けがつかなくなってしまった。しかしこのままでは、空容器となった原稿用紙を編集に差し出すことになってしまう。私は納戸から網を取り出し、町中に漂う文字たちを片っ端から掬い出した。

 採った文字をメモ帳に入れ、それが一杯になると家に帰り、元の原稿用紙にそれらを放した。文字たちはしばらく紙面上を縦横無尽に泳ぎ回っていたが、やがて初めから決まっていたかのように自身の在るべき位置に停留して、そのまま動きを止めた。

 私は原稿用紙のレイアウトを記憶していたから、元々紙面上に居た文字をどれくらい取り戻せたかは一目で分かった。それはおおよそ四割くらいで、残り六割は先程の採取で新たに加わった町中の文字になっていた。六割も文字が変われば、文章が変わり、話が変わる。しかし私には、今のこの形が、先程より良くなっているようにも思えた。少なくとも編集は満足してくれるはずだ。

 私は別の原稿用紙に、新たな文字を生み出しながら、先程逃げた六割の文字について思いを巡らせた。私の作り出したあの文字らは、町中でどのように暮らすのだろう。環境に馴染めず脱字してしまうのか、それとも現地の文字と家庭を持って、新たな文字を生み出すのか。

 そして町中には、私のような注意不足の作家が逃がした文字が、どれだけ居るのか。

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