2024.12.09──はじまりの朝

 今日はボタンの花が咲くため、駆除隊は朝早く駐舎を出発した。

 ボタンとは牡丹ではなくbuttonのことである。文字通り、ボタンの花が咲くのだ。

 ボタンは色とりどり大小様々で、どのボタンが何を起動させるものか、あるいは停止させるものかは外見から判断が付かない。よって、政府はボタンの花の出現を特級危険災害と指定し、ボタンが揺れるなどして押される前に早急に駆除を行うよう、専門の駆除隊を組織した。

 東の空がうっすらと明るくなってきた早朝の町中を、駆除隊は美しい隊列を保ちながら堂々と歩んでいく。その背にはボタンの花を除去するための薬剤を満載した噴射装置を担ぎ、その重量によって彼らの足音はゾウの行進のような重々しい響きを持つ。

 駆除隊は目的のポイントへと辿り着いた。そこは一軒家の庭で、五平方メートルほどの土地に、短い芝が生い茂っている。他に植物の気配は無いが、駆除隊は身じろぎ一つせず、息を殺して庭を注視し続ける。

 東の空から太陽が頭を出し、朝の世界に眩い光が走った。

 その瞬間、先ほどまで何もなかった庭の地面が、ボコボコと盛り上がり始めた。

 駆除隊の一人が手を上げると、全員が素早い手つきで噴射装置を構え、噴射口を庭へと向ける。

 そしてついに太陽が昇り切り、庭全体が朝日に包まれると、地面を突き破って一斉にボタンの花が顔を出した。

 その瞬間、駆除隊が一斉に噴射装置から薬剤を散布した。

 薬剤はボタンを枯らすためでも、燃やすためのものでもない。これは強力な瞬間接着剤のようなものであり、これを吹き付けられたものはものの数秒で石のように固められるのである。こうすることによって、ボタンに何かが触れても押されることを防げるのだ。

 薬剤の散布が終わった駆除隊はトラックを呼び、固めたボタンの塊をそれに載せ、その場から運び出していく。

 ボタンの塊がどこに行くのか、それは一般には知られていない。活火山の火口に放り込まれるなど、深海に沈められるなど、軍の地下施設に今まで固めたボタンと共に一緒に格納しているなど、様々な噂が出回っているが、ボタンの花による事故が最後に起きてから五年以上が経つあたり、ボタンが何かの出来事のきっかけになっていないことは確かである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る