2024.12.03──音不足

 この村は深刻な音不足に喘いでいる。

 人は音をその身に浴びないと、長くは生きていけない。無音の空間に閉じ込められれば、水と食料が潤沢にあろうと、三日もしない内に発狂して死に至るのだ。

 村の表通りでは人々が地面に座り込み、各々の家から持ち出した録音機を足元に置いて、通りかかる者誰彼構わず、音を恵むよう訴えかける。僅かばかりの音でも逃すまいと、録音機の電源はずっと切らずに掛けっぱなしだ。そのためいくつかは電池切れを起こしているが、音に飢えた人々はそれに気付かない。

 事の発端は、村にある唯一の楽器屋が潰れたことだ。高齢の店主の営む店だったが、親族も従業員もおらず、店主が亡くなると、小さな店内に山積みの楽器が放置された。

 故人の遺言には、楽器は村中の家に均等に分けるようにと書かれていたが、それが果たされる前に店には空き巣が入った。山積みの楽器は全て盗まれ、どこかしらの音に飢える国に高値で売り飛ばされた。

 村から音が消えた。この村の不幸は、楽器を作れるもの、演奏ができるものが老人以外一人も居なかったことだ。

 人々は苦し紛れに、楽器の代わりに色々なものを叩いたり擦ったりして必死に音を鳴らした。だが、いずれ栄養にはなり得ない雑音しか響かず、人々は一人、また一人と音源欠乏症に陥っていった。

 この村の唯一の医者である私は強く要望する。直ちに、名のある音楽家を派遣してもらいたい。これは医術で治せる状況ではない。今も、この手紙を認めるペンの筆記音に人々が寄せられ、診療所が完全に包囲されてしまっている。それほどまでに音が不足しているのだ。

 加えて、簡単なものでいい。村に置いておける何かしらの楽器を持ってきていただきたい。そして再び楽器が盗まれ売られぬよう、警備体制の強化も懇願する。

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