2024.12.02──報糖台銭湯跡地・未探索記録

 報糖台銭湯は今より百年近く前に廃業となった古い銭湯だ。

 周囲の町は開発が進み、住む家も住んでいる人もガラリと変わって、もうその銭湯のことを詳しく知る人間は一人も居ない。周りを銀色に輝くビル群にぐるりと囲まれても、未だにその銭湯が解体されていないのには、理由がある。

 それは、銭湯の廃墟から空に向かって真っすぐ伸びた、とてつもなく長い煙突の存在だ。

 まず、地上からその煙突の頂上を見ることは出来ず、遠く離れて見ても、一向に先端を視界に捉えることは出来ない。煙突は山や電波塔のような太さがないため、離れすぎると見えなくなる。

 それでは、ドローンを用いて空中から高さを計測してみようと話が出たが、こちらも失敗に終わった。その理由は、煙突の周りが常に真っ白な煙で覆われているからだ。煙は晴れ、雨、朝、夜、いかなる時も煙突の周りに留まっており、観察が始まってから一度もそれが晴れた瞬間はない。一説によると、その煙は煙突から絶えず噴き出されているものと言われているが、そもそもの噴出口は確認できず、また廃墟となった銭湯で一体何を燃しているのかと新たな謎まで生まれる始末だ。

 銭湯の内部に入り、詳しい調査を行うという話も出ているが、未だ決行には至れていない。銭湯の入口は幾つもの古い錠前が掛けられ、厳重に封じられている。もちろん、ハンマーや銃器を用いて壁やガラスをぶち抜くことは容易いが、あまりにも老朽化が進んだ建物のため、大きな衝撃を与えると建物全体を倒壊させる危険性が懸念されている。建物全体とはつまり件の煙突も含めてのことで、あの計測もできない長高の煙突が崩れた時に、周囲に与える被害は無視できない、とのことで、対策委員会は力任せの突入を一切禁じている。

 今日も日を経る毎に老いゆく銭湯は、キラキラのビルの真ん中で、町の長老のような面で鎮座し続ける。そして煙突はどこまでも高く聳え立ち、町の人々を見いつまでも見下ろしているのである。

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