2024.11.30──食べかけのギフト㉚

「だが、防衛省は朝木氏の裏切り行為を察した」

 清戯は再び開の方へ視線を向ける。

「そして、計画の隠蔽をお前に依頼し、お前は俺が留守の間に事務所に侵入して、果物を盗んでいった……これが事件の全貌か」

 開は手を組んだまま何も返事をしなかった。清戯は天井を見上げて、はぁー、と息を吐いた。

「朝木氏とってはまさに、不幸としか言いようのない事件だった。自身が受け持ったプロジェクトのせいで嫁の兄を傷つけ、そして結果彼に殺された。全てをなげうって暴露しようとした兵器も証拠を押さえつけられ、さらにハウスは炎上し計画は完全に闇の中に消えた……防衛省の面々はさぞ胸を撫で下ろしたことだろう」

「あまりそう言うことを言うな」

 黙っていた開が言った。先ほどよりも強めの口調で続ける。

「俺の依頼人は今回の事件で、殊の外お傷付きだ……明日にでも、防衛大臣を辞す声明を出すだろう」

 それを聞いた清戯が肩をすくめる。

「ふん、最高責任者が退くことで、計画の隠蔽を完全にしたとしか思えないね」

「黒曜! ……お前は、俺がどんな依頼でも断らずにやっていると思ってるだろうが」

 開は立ち上がって、清戯の向かいに立った。

「俺は俺なりの考えを持って動いている。件の兵器……果物の存在が公になれば、世の中はどうなる? 政府への不信感だけではなく、果物農家へも忌避の目が行くことは必定だ。下手をすれば作物全体を人々は警戒するようになる……そうなってしまえば、この国の農業は破綻する」

 お前はどうなんだ? と開が清戯に問う。

「お前が懇意にしている刑事には、自分が知っている真実とは別の話をしたんだろう? そして今は、信頼する助手も連れずに一人だけで真相を確かめに来た……お前も今回の事件に、思うところがあるんじゃないのか?」

「……ふむ」

 清戯は少し首を傾けると、コツコツと歩き出した。

「俺は自分が解きたい謎の答えが分かれば、それでいい。それこそが探偵の本質だ……知りたかった果物の正体については聞けた。これ以上、この事件に関わることはない」

 ただし、と清戯は玄関の前で足を止めた。

「俺の事務所で盗みを働いたことがバレたからには、お前にはその償いをしてもらおう」

 そう言うと、清戯は懐からバサッ、と何枚もの書類を放り投げた。

 開はひらひらと舞う紙の一枚を掴み取り、そこに書かれた文面を読んで苦笑した。

「……自分の借金くらい自分で返せるくらいには、慎ましく働け」

 開がそう言いながら顔を上げると、清戯の姿は既になく、佐伯探偵事務と銘打たれた扉がわずかに揺れているだけだった。


 過剰なほどの街灯に照らされた夜の町中を、清戯は一人で歩く。

 ふと、持参してきた督促状は全部あいつの事務所にぶちまけただろうかと、気になった清戯は懐をまさぐり、そこであるものが指に触れた。

 取り出してみると、それは果之浦町を出る前に駅の売店で購入した、一個のリンゴだった。

 リンゴを一口齧り、黒衣の探偵は、光に満ち溢れた暗闇の中を進んでいった。

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