2024.11.29──食べかけのギフト㉘
私立探偵の
開は雑居ビルの階段を上り、己の事務所の前まで来ると、鍵を取り出すために鞄に手をかけた……が、そこで手をピタリと止めた。
事務所の扉に『開いています ご自由にどうぞ』と書かれた張り紙が貼られていたのだ。
「…………」
開は少し間を開けてから、扉のノブに手をかけた。
「おかえり。随分遅かったじゃないか」
椅子にどっかりと腰を据え、テーブルに足を投げ出した黒曜清戯が家主を迎えた。
「なんで居るかは聞かん。なんの用だ?」
開は荷物を床に置き、コートを脱ぎながら淡々と尋ねた。
清戯は微笑し、ワインを注いだグラスを傾ける。
「いやなに、先日お前に電話した件だが、無事に解決してね。手土産を持って報告に来たのさ」
「手土産とは机の上に散乱したつまみ類のことか? 今飲んでるワインは事務所に置いていたやつだが」
「いいものを持ってるじゃないか。国産のものにしては上々だ」
清戯は一方的にしゃべりながら、ワインボトルのラベルをしげしげと見つめる。
「きっと使っている葡萄がいいんだろうな。なになに? これはY県の……ほほう! 果之浦町産の葡萄じゃないか。あそこの果物は実にいいものだったなぁ」
開は清戯からボトルを取り上げた。
「もう一度聞く。なんの用だ?」
「その前にこちらの質問に答えてもらおう」
清戯はグラスを置き、机に放り投げていた足を下に降ろした。
「俺の事務所から『食べかけの果実』を盗んだのはお前だな?」
「…………」
開は冷蔵庫が置かれた場所まで歩き、清戯から回収したワインを仕舞った。
「質問ではなく確認の口振りだな。俺が答える必要はないだろう」
「おっと失敬! 聞き方を間違えたようだ」
清戯は椅子から立ち上がり、開の方へ歩み寄った。
「お前は何故、あの果実を回収した?」
その質問に開は何も言わなかった。清戯はそれを分かっていたように踵を返し、勝手に語り始めた。
「言う気が無いのなら代わりに俺が言おう。お前は『依頼人』に頼まれてあの果実を回収する必要があった。それも迅速に、法を破ってでもな。そうだろう?」
「……お前が何を知っている?」
「全部さ」清戯はきっぱりと言い切る。「俺はもう全部知っているんだよ、佐伯。果物のことも、朝木彌一郎氏のことも、そして──」
清戯は開の方へ向き直った。
「花房防衛大臣のことも」
その名前を聞いた開は深く目を閉じた。その顔には苦悶や激怒といった感情はなく、手書きの文章を書き間違えた時のような、些細なミスに対するイラつきのようなものがわずかにあった。
「俺は事件に臨む前に、自分で調べられることは徹底的に調べることにしている」
清戯が続ける。
「果之浦町の事件も、被害者である朝木氏の来歴をしっかり調査した。だから俺は知っていた。氏が青年の頃、わずか数か月の間、防衛省に居たことを。
佐伯、俺はお前に『朝木氏が防衛省に赴いた記録を調べろ』と頼んだだろう。その時にお前は『記録は一件もない』と答えた……お前ほどの探偵が、俺が少し調べて知った情報を見つけられないはずがない。だからその時に俺は確信した。お前は既に何者かに依頼を受け、情報を隠そうと工作した、と」
「……同業者に嘘を吐くものじゃないな」
開はそう言い、清戯の顔をしかと見据えた。
「既に殺人事件は解決した。何を望む?」
「果物の正体」
開は肩をすくめ、「今から話すことは他言無用だ」と前置きをした。
「『敵地自立浸食型青果爆弾』……と、依頼人は呼んでいた」
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