2024.11.28──食べかけのギフト㉗

 夜が明けた。

 岸柿盛薫を現地警察官に引き渡した節は一度宿場に戻り、この後やらなくてはいけない面倒な手続きの前に一休みしようと……思ったところで美しいベースラインが聴こえてきた。

 当然、部屋の扉を開けると清戯が居た。ベースを弾いた助手も同伴である。

「我々は東京に一足早く戻るので、一言ご挨拶をね」とのことだった。

 徹夜明けで心底眠い節は怒る気力さえ湧かなかったが、目の前の探偵にはまったく疲労が見られず、この後もう一事件の解決に赴きそうな勢いである。

「……まだ分かんないことがあるんだけど」

 どうせなら、ということで節は清戯に質問をぶつけた。

「ハウスの火事は何が原因だったの? 岸柿盛薫が戻って放火した、ということはさすがにありえないでしょう?」

「推測の域は出ないが、おそらくは電気系統の故障だろう」

 あまりにもあっさりした答えに、節はポカンと口を開けた。それを見た清戯がクスリと笑う。

「火災が起きる前の現場写真を少し拝見したが、あのハウスは確かに畑というよりは森のような光景が広がっていた。地面には木の根っこが縦横無尽に張り巡らされ、その間を縫うように、スプリンクラーなどに使う電気配線が通されていた。おそらくすぐに部品が駄目になり、一年に何回も交換や修理をしていたのだろう。そしてそれを誰にも頼まず、朝木氏が一人で行っていた。そして氏が亡くなり、直されるべき配線がそのままにされ、タイミング悪く……といった感じだな」

「じゃあ事故だったってこと? はぁ~~? ……ま、現地の子たちの処分が軽くなりそうだしいいけど……」

 あともう一つ、と節が続けた。

「結局、朝木氏はどうしてあんたに食べかけの果実なんか送ろうとしたの?」

「それについてはハッキリしている。氏が身の危険を感じたからさ。

 それはつまり、岸柿盛薫が近々戻ってくるという予感だ。過去に農園から追放し、さらには意図せず顔に傷害を負わせてしまった相手だ。何をしてくるか分からない。

 朝木氏としては、盛薫が戻ってくる前に、彼の所在を明らかにしたかったのだろう。そこで氏が注目したのはあの食べかけの果実だった。果実はかつて盛薫が齧ったものであり、その歯形から本人の特定が出来ると氏は思いついた。

 上記の旨を手紙に認めて一緒に送ろうとしたが、盛薫という死神は予想よりも早く訪れてしまい、結局手紙を書くことは叶わなかった……果実の方は希稲ちゃんがしっかり送ってくれたがね」

 その説明に節は納得したようで、口を挟まなかった。

 少し考えるように手を口に当てた後、節は清戯を見やった。

「今回もあんたの勝ちのようね。果物調査でたまたま事件現場に出くわし、そのまま事件をかっさらっていくんだから働き甲斐がないわよ……」

「まあまあ、いいじゃないかせっちゃん。これでお互い早く帰れるんだから」

「今は帰るよりも先にここの布団に倒れ込みたいのよ。用が済んだのならさっさと出てって」


 節に追い出された清戯は、助手を伴って果之浦町の田舎道をのんびりと歩いた。

 駅が視界に入った時だった。不意に清戯がぽつり、と呟いた。

「ユーカリという植物を知っているかな」

 それは自分に尋ねたことなのか、独り言なのか、いずれにせよよく分からなかった助手は、ただ首を傾げるだけだった。

 それを見た清戯はふっと微笑み「分からなければそれでいい」と言って早足で駅へと向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る