2024.11.27──食べかけのギフト㉖

 清戯が己の推理を語り終えるや否や、ずっと黙っていた盛薫が笑い出した。

「あんた大した探偵だな。人様のプライベートずけずけと這入りこんでそこまで勝手なことが言えるとは、見上げた根性だ」

 嫌味とも取れる盛薫の言葉に、清戯は微笑で返した。

「だが、あんたの話は推測に過ぎない」盛薫が続ける。「俺が数日前から果之浦町に潜伏していたことは認める。後で希稲に聞けばバレることだしな……だが、俺が彌一郎さんを殺したという証拠はどこにある? 俺は偶然この町に戻っていただけで、他の誰かが殺った可能性だってあるじゃないか」

「証拠ならある」

 清戯はきっぱりと答えた。

 怪訝そうな表情を浮かべる盛薫を余所に、清戯は「決め手はだった」と説明を始める。

「ピンと来たのは、希稲ちゃんの秘密基地にぶら下げられたブランコのロープを手に持った時だった。それは長いロープを途中で切断したものを使用したものだったが、着目したのはその切り口だ。まるで小さなナイフで何度も切り付けたような、歪なものだった。

 俺はその後すぐに調査本部へと向かった。目的は件のノートを回収する為もあったが、何より朝木氏の遺体を吊るしていたというロープの実物を見るためだった……予感は的中。そのロープもブランコのロープを切ったものと同じ刃物が使われていた。さらに詳しく調べれば、二つのロープを切った人物が同一のものだと分かるだろう」

 盛薫は目を剥かんばかりの表情になった。それを見た清戯がニヤリと笑った。

「盛薫さん。キミが希稲ちゃんにブランコを作ってあげたのは、彼女を口止めするためだったろうが、その取り繕った優しさが、結果的にキミの残忍な殺人に結びついてしまったわけだな」

 盛薫はその場で項垂れ、探偵の追求は決定的なものとなった。

「……一つ、分からないことがあるけれど」

 そう言って口を挟んだのは節である。

 節の視線は盛薫でも清戯でもなく、穂香の方へ向いた。

「朝木穂香さん、あなたはどうして我々に嘘の供述のされたのですか?」

 節の質問に穂香はビクッと身体を震わせた。顔面は蒼白し、和彌が支えていないとすぐにでも倒れてしまいそうだ。

「あなたは事件当日に女性を見たと言われましたが、今までの話が確かなら、あなたが目撃する可能性があったのはお義兄さん(盛薫)のはずです。もしも犯人を庇おうとしていたのだとしたら、我々は……」

「穂香を責めるな!!」

 盛薫が大声で怒鳴った。家中に響き渡る声だったが、幸い、希稲が起きてくる気配はなかった。

「……刑事さん、妹は俺を助けるために嘘をついたんじゃない。義父を殺したのが実の兄だということを、そこの和彌さんに知られたくなかったからだ。彌一郎さんと和彌さんの仲が良好だったということはあんたらも聞いてるだろうが、それで自分が失望され、見放されることを恐れたんだ」

 穂香が床にへたれ込んだ。顔を手で押さえ、息も絶え絶えになりながら、ごめんなさい、ごめんなさいと何度も何度も言い続ける。

 それを見た和彌は、ただ穂香の背中を支えてやることしか出来なかった。

「……さて、もうこの家に用は無いだろう」盛薫が椅子から立ち上がった。「早いとこ連れて行ってもらおうか。希稲にまで情けない姿は見せたくないしな」

「最後に、一つだけ伺いたいのだが」

 清戯が盛薫の前に歩み出た。

「キミの顔の下半分が不自然に膨らんでいるのは、病気か何かのためなのかい?」

「……最っ後までデリカシーのない奴だな」

 まあいい、と盛薫はふぅと息を吐いた。

「あんたらが気にしてたあの燃えちまったハウスだがな、あそこで育ててたのは高級フルーツなんかじゃない。殺虫剤の原料になる、ある種の毒草を栽培してたんだ」

 毒、という言葉に節と磯辺が反応した。清戯の表情は変わらぬままだ。

「正規か非正規化は分からんが……少なくとも俺は知らなかったからこうなっちまった。

 農園の収入をちょろまかしてた時、俺はちょっとした借金があってな(まあ今もあるんだが)。ふと、あのハウスで育てている作物を売り払えば、かなりの金になると思ったんだ。どうせ家族にも内緒にしているものだ、一つや二つ無くなっても大事にはならないだろうと踏んだ。

 ハウスに侵入した後、俺はまず、その果物を食べてみたんだ。これでも農家だ、いくらで売れるか売れないかは味や匂いを知れば分かる……そして分かったことは地獄だった。顔中に炎を浴びせられたような激痛を覚え、ハウスの地面でのたうち回っていたところを彌一郎さんに見つかった。

 その後俺の横領もバレた。だが、事故が知れ渡るのを忌避した彌一郎さんは、この件を和彌さんにも穂香にも話さず、俺を警察に突き出さずに追放だけで済ましたわけだ」

「……なるほど、これですべてが分かった」

 清戯が言った。

「あの食べかけの果実は、キミが残したものだったのだな」

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