2024.11.04──食べかけのギフト④

 節たちが目的の町に着いたのはその日の昼過ぎであった。

 果之浦かのうら町というところで、周囲を山に囲まれたごく一般的な盆地である。

 長旅の疲れを癒す間もなく、節は現地警察と合流し、さっそく事件のあらましについて聞き始めた。

 被害者は地主である朝木あさぎ彌一郎やいちろう氏で、年齢は72。高血圧気味ではあったが大きな持病もなく、最後に見られた生きている姿も健康そのものであったそうだ。

 朝木氏の遺体は、氏の敷地内にある巨大なビニールハウスの中で発見された。遺体はハウス内にある「木」に逆さ吊りにされており、全身を鋭利な刃物によって切り刻まれ、それによる失血死が死因とされている。

「ビニールハウスにある木というのは……つまりそこで育てている農作物ってこと?」

 現地巡査の説明の途中で、節が口を挟んだ。

「あまり農業には詳しくないけど、成人男性を一人吊るせるだけの大きな木が、ビニールハウス内に生えてるものなの?」

「本官も素人故分かりかねますが……朝木氏は確かにビニールハウス内の木に吊るされておりました」巡査が返答する。「それも、ハウス内には何本も気が生えておりました。あれは果樹園と言うよりは……まるで森のようでした」

 その時の様子を思い出したのか、巡査の顔がうっすらと青くなった。

「森みたいな果樹園ね……そこではどんな果物を育てているの?」

 巡査の気持ちをほぐしてやろうと、冗談交じりにそんな質問をした節だったが、意外な答えが返ってきた。

「それが……分からないのですよ」

「分からない?」

「遺族にも、朝木氏が雇っている農家の人にも尋ねましたが、皆一様に首を振るのです。『あれは旦那様が手ずから育てていた果物だ』と言って、詳しいことは朝木氏本人しか知らない、と」

 節は手を口に当てた。遺体が吊るされた木の種類など犯行には無関係だと思ったが、それが被害者しか知らない秘密の木となると、少し事情は変わってくる。

 仮にその木に超高級ブランドのフルーツが実っていたとすれば、それを盗みに来た者と被害者とが鉢合わせ、揉み合いの末に殺害、という線も考えられる。あるいは、木の秘密に気付いた身内の者が、その利益を巡って被害者と言い争い、そのまま……という線も。

「……その木についてもっと詳しく調べたいわね。近くに詳しい専門家が居れば、呼んで種類を特定できないかしら? それとも既に始めているのかな?」

 節がそう言うと、説明を担当していた巡査を始め、現地警察官の顔が突然曇った。

「どうしたの?」

「……海賀警部補。木の再調査は出来ません」

 巡査が神妙な顔付きで答えた。

「遺体の発見からおよそ三時間後……何者かによってビニールハウスが放火され、中の物の一切が燃え尽きてしまったのです」

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