2024.10.28──終身刑

 知り合いのリンゴ農家に顔を出したら、リンゴの木の中の一本に、妙なものがぶら下がっているのが見えた。

 他の木には赤く熟した、収穫間近のリンゴがぶら下がっているわけだが、その木には、アルミホイルを丸めたような、銀色のギラギラとした球体が何個もぶら下がっているのだ。

 果樹園の主である節負にあれは何かと尋ねると、あの木にもリンゴが実っているのだが、それらを一つ残らずアルミホイルで包んでいるのだという。

「ははーん、あれは何か特別なリンゴなんだな? ああやって日光から隠すことで甘みが増すとか、そんな感じで」

「そんなもんじゃないよ丹治原」節負が首を振った。「あのリンゴは虫食いなのさ」

 虫食い。字面の通り虫に食われたリンゴということだろうか。なら特別なリンゴなんてものじゃない、商品にならない廃棄物だ。

「なんでそんなものをああやって包んでるんだ? 摘んじゃえばいいじゃないか」

「あれが並みの虫食いならそうしてるさ。ちょっとこいつで聴いてみてくれ」

 節負はそう言うと、何かと思えば聴診器を俺に手渡してきた。これで患者のようにリンゴの音を聴けというのだろうか?

 言われるがままに、俺はアルミホイルリンゴの一つに聴診器を当て、耳を澄ましてみた。

 そしてすぐさま、そのリンゴから飛び跳ねるように距離を取った。

 今の音は……なんだ? まるで猛獣が、硬い骨を齧り折るような、そんな音が連続して聴こえてきた。あの小さなリンゴの中から。

「『果棲の悪魔』──俺たち果物農家で言い伝えられている害虫だ」

 動揺する俺を尻目に、節負が言った。

「通常果物に寄生する虫は、外部から成虫が卵を産み付け、それが孵化することで発生するが、『果棲の悪魔』は外的要因がなく、ある時突然果物の中に出現する。暴力的な食欲であっという間に果実を平らげ、そして己が食べた果実の大きさにまで成長し、外に飛び出し、周囲の果物をすべて食べ尽くすんだ」

「そ……そんな奴が」

 節負が話す非現実的な話を、先ほどの音を聴いた俺は自分でも驚くくらい真摯に受け止めていた。

「唯一の対抗手段が、こうやって包むことだ」節負がアルミホイルを指さす。「俺たちは毎日、育てている果物の一つひとつの音を聴きとり、異常が無いかを確かめる。万が一異常が見つかれば、その木に実るすべての果物に、日光が当たらないよう完全に密閉するんだ。『果棲の悪魔』は目が悪く、強い日の光が無ければ周りを確認出来ないんだ。だから日光を遮断してしまえば、外に出ていくことが出来ず、そのままアルミホイルの中で餓死する」

 節負の説明を聞き終わった俺は、息を飲んで改めて目の前のリンゴの木を見た。

 丸いアルミホイルの袋を何個もぶら下げた木。その中のいくつかにはリンゴを延々と咀嚼する悪魔が居り、いくつかには飢えと暗闇に囚われた悪魔が居り、いくつかには悪魔の死体が詰まっている……。

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