2024.10.26──蓋の絵

 八品眞木斗はマンホールの蓋の絵が好きで、自身が住んでいる町のマンホールの場所をすべて把握しているだけでなく、初めて行く町でもまずマンホールの調査を行い、気に入った絵のものがあれば写真に撮り、それをスクラップブックにまとめてコレクションしていた。

 今日は遠方に出かける用事があり、空き時間を見つけると、その町でもマンホールを探して探索を始めた。古い町であり、使われているマンホールの蓋のデザインも随分前の型のものが多く、新たなコレクションが増えたことに眞木斗は満足した。

 そんな中、一つだけ奇妙なマンホールを見つけた。まず他のものよりも1.5倍ほど大きく、そして蓋のデザインも奇抜なものであった。まるで縄文時代に作られた火焔土器のようにうねったイラストが鉄の蓋に刻まれており、何を模したものなのか、何を伝えたいものなのか、一目ではまるで判断が付かなかった。

 それに、蓋の周りは何本ものビスのようなもので厳重に固定されており、マンホールの中に人が出入りするには不自然なほどだ。まるで何かを封じているような異様な迫力に、眞木斗は興味が沸き始めた。

 眞木斗はひとまず蓋を写真に撮り、ホテルに戻ってその模様や地元の文化について調べてみたが、その日は満足のいく成果は得られなかった。


 翌日、眞木斗が再び件のマンホールのところまで戻ると、そこには先客が居た。髪を剃り、僧侶とも神父ともつかない奇妙な格好をした男だった。眞木斗はその男に話し掛けようとしたところで、ある事実に気付き思わず声が出た。

「蓋がない!」

 昨日確かにあったはずのマンホールの蓋が、忽然と消失していたのだ。蓋があった場所には、底の見えない黒々とした深い穴が残されている。

「貴殿! あの蓋を見たのか!?」男が振り向いてそう叫んだ。「あれはこの地に潜む魔物を封じ込めるための呪文を刻んだ、特別な蓋だったのだ! だが先ほど下水道工事の業者が誤って外してしまい、この通り封印は解かれてしまった。溢れ出した妖気に業者は逃げ出したよ」

 突然の話に眞木斗は呆然とするばかりだったが、件の穴から紫色の煙が立ち昇っているのが見えた。只事ではない事態になっていることを理解した。

「じゃあ、その魔物が解放されてしまったのですか……!?」

「いいや、まだこの穴の中に居る」男が穴を指さす。「私が呪文を唱えなんとか抑え込んでいるが時間の問題だ……あと一時間もしない内にここから外界へと飛び出してしまうだろう」

 男が指さす穴からはズリ、ズリと何かが擦れる音が聴こえてきた。

「い、いったいどうすれば」

「新たに蓋をしてやる他ない。もともと被さっていた蓋は先ほど業者が逃げるときに取り落とし、あのように割れてしまった」

 眞木斗がよく見ると、あの蓋らしき模様が刻まれた破片が、穴の周囲に散らばっていた。

「だが、蓋に刻む呪文は完璧でなければならん……この蓋をこさえた者は千年以上も昔の者で、その技術を受け継ぐ人間はもうこの世には残っていない。万事休すだ」

 男の話を黙って聞いていた眞木斗だったが、ふと、あることを閃いた。

「すいません! 少しお待ちを!」

「なっ、お、おい! どこへ……」

 眞木斗は全速力で町を駆けた。目的地は……自身が泊まるホテルだ。


 数十分後、眞木斗は先ほどの穴の場所まで戻ってきた。

 眞木斗の姿を確認すると、男が手で印を結びながら叫んだ。

「おい! 何故戻ってきた!? もう間もなく魔物が姿を現すぞ!!」

 男の言う通り、穴の中からはさっきよりも濃い色の紫の煙が、大量に噴き出していた。

 だが眞木斗は意を決し、その穴の前まで近づき、抱えてきたものをそこで広げた。

 一瞬、穴の奥底で、ギラリと光る眼のようなものが、眞木斗の顔を睨みつけた。

 全身が怖気立った眞木斗だったが、急ぎ広げたもので穴を覆い、途中で買ってきたガムテープでそれを周囲の地面に貼り付けた。

 穴が完全に塞がれた瞬間、大きな地響きが周囲に起こり、穴の奥底に、重量のある何かが落下する音が聴こえた。

 地響きは収まり、紫色の煙も、這いずるような音もピタリと止まった。

 眞木斗はふぅー、と息を吐き出して、脇に寝転がった。眞木斗がどいたことにより、穴を覆うものの正体が見え、印を結んだ男はポカンと口を開けて、やがて大いに笑いだした。

 眞木斗が持ってきたものは、先日とった蓋の写真を拡大コピーした用紙であった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る