2024.10.21──どこでも花火
同じ部屋に暮らしている真村が「面白いもん見つけた」と言って変な品物を買ってきた。それは大きさ十立方センチくらいの小さな箱で、表面に『どこでも花火』と書かれていた。これの何が面白いというのだ。これを買うために貴重な食費を削られたという事実の方がまだ面白いぞ。
「なんか露店の婆さんの話だとぉ、この箱に火を点ければどんな場所だろうとたちどころに花火が出来るんだそうだぞ」
「登場人物も経緯も増えてるのにまったく情報が増えない」
「まあとにかく火を点けるべや」
真村は俺の話をガン無視し、買い物袋の中からライターを取り出した。食費がさらに削られていたという事実を俺が受け止めきれない間に、下手人は『どこでも花火』にその罪の火を放った。
火が箱に当たった瞬間、ポンッ、というコルク栓が抜けるような音と共に、箱が一センチほど跳び上がった。
────終了。
「……真村くん」
「えー…………この度は」
真村が両手を畳につけて謝罪会見を開こうとした、その矢先。
突然、部屋中がグラグラと大きく揺れ始めた。その振動に俺も真村もバランスを保てなくなり、まるで畳に押し付けられるような態勢になった。
「なんだ!? なに!? 地震!? 不運にダメ押しをしてきたの!?」
「──っ! お、おい斧塚! 窓窓!」
真村がそう言って指さす先を見て、俺はアングリと口を開け先ほどまでのアングリーを失った。
俺たちの暮らす町、俺たちの通う大学が、遥かに小さく、見下ろす形で目に入った。
飛んでいる。俺たちの部屋が。
「斧塚! 俺……わかっちゃったかもなんだけど……!」
真村が神妙な顔付きで言った。
「どこでも花火ってぇのは……どこでも花火が出来るんじゃなくて、どこでも花火に出来るって……いうことなんじゃないの!?」
「……つまり」
「今居る俺たちのこの部屋が……」
そこから先の行動は早かった。俺と真村は襖を外さんばかりの勢いで開け、中にあるものを取り出し、窓から飛び降りた。
俺達が脱出して数秒後。
俺たちの町の大空に、季節外れの火薬の大輪が仰々しく咲き誇った。
「…………綺麗だな」
「……ああ」
俺は悔しくも今日初めて真村に同意した。
押し入れから取り出したパラグライダーでゆっくり降下する俺たちは、花弁の残滓を見つめながら、肌寒い秋空で夏が終わったことをしみじみと感じ入るのであった。
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