2024.10.19──シッポ草

 ジョウロを片手に中庭の温室に入ると、シッポ草が毛むくじゃらの尻尾を、陽光の照る方へと伸ばしていた。

 シッポ草は、日によって自身の姿をこの地球上に生息する生き物の尻尾に見立てる。今日は長い猫の尻尾になったようだ。私が水をかけてやると、シッポ草はその尻尾をクルクルと丸め、どこからかゴロゴロという音を立てた。

 このような珍妙な植物を育てている理由は、単純に癒しを求めているだけではなく、生物の調査に大変役立つからだ。シッポ草の存在そのものが興味深い研究対象であるが、この植物は日毎ランダムでいずれかの生き物の尻尾に変わるため、尻尾だけでも、その生物の調査を精密に行うことが可能なのだ。

 中には、個体数が少ないため捕獲も禁じられている生き物や、まだ世界中のいずれの学者も発見できていない未知の生物の尻尾にさえ化けることがあり、このシッポ草の存在によって新たに記載された生物も十種類を超す。

 そういう意味では、今日のように通常の猫の尻尾に化けた日は、ある意味「ハズレ」とも言える。しかし普段シッポ草にお世話になっている故、贅沢を言える身の上ではない。こういう日は丹念に世話をしてやり、翌日のためにシッポ草の機嫌を取っておくのが吉だ。

 水やりに雑草抜き等を終わらせ、シッポ草をひと撫でしてやると、私は研究室の方へ戻ろうとシッポ草に背中を向けた。

 その時、ふと、何か空気が変わるような、そんな感触があった。

 私は再びシッポ草の方を向いて、予想外のものを目撃した。シッポ草の姿が、先ほどの猫の尻尾ではない、別の生き物のシッポ草に変化していたのだ。

 シッポ草が一日に複数の尻尾に化けたというケースは、今まで一度も報告されていない。私は急ぎ手元の携帯で尻尾の写真を撮ると、まずその尻尾の持ち主が誰のものかを調べるため研究室の方へと駆けた。一見、サイの尻尾のように見受けられるが、どこか覚えのある特徴があった。

 尻尾の持ち主の意外な正体が分かり、私は逸る気持ちで再び温室の方へと向かった。シッポ草の研究を始めて十年になるが、今日は今までで一番の報告が書けそうだと胸が躍った。

 しかし戻ってみると、シッポ草の姿は、先ほどの猫の尻尾に戻っていた。

 局所的な場所にのみ生息していた希少なサイの一種が、噴火活動の影響により絶滅したことを知ったのは、その日の夕方のことだった。

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