2024.10.18──ハチミツ浴

 随分前に買ったハチミツの瓶を取り出し、賞味期限がまだ今月中は大丈夫だったため、トーストに塗ろうと蓋を開けたら、中が微人族によって海水浴場と化していた。

 油断した。密閉状態だからと安心しきっていたが、微人族も何十名と集まれば蓋を開けられるらしい。内側からわざわざ蓋を締め直しているのがなんとも悪質だ。

 ともかく、今ハチミツには微人族によって簡易的な陸地が築かれ、その上にテントやビーチパラソル、ブルーシートが敷かれ、行楽シーズンの海水浴場さながらの光景が広がっている。私自身多忙で海はおろか近くのショッピングモールにさえ行けていないというのに生意気な連中である。

 このままハチミツごと微人族を掬い取ってパンに塗りつけて食べてやりたいところだが、彼らも人である以上当然人権もある。このハチミツは諦め、彼らが飽きて立ち去るまで、テーブルの上に置いておくことにする。

 一時間程経ち、そろそろ帰り支度でも始め出したかと確認したら、何やら様子がおかしい。微人族達は皆慌てた様子である。

 目を凝らしてよく観察すると、パニックの原因が分かった。微人族の中でも、特に小さい微人族……ようするに彼らの子供が一人、ハチミツの海の沖合で溺れそうになっているのだ。

 彼らの築いた簡易的な陸地にはヒビが入っていて、そこから足を滑らして、そこまで流れてしまったようだ。私は台所から爪楊枝を一本取り出し、その先端をハチミツに溺れる微人族の子供にゆっくりと近づける。彼らの身体は繊細だ。力加減には細心の注意を払う。

 私は爪楊枝で上手く子供を掬うことができ、そのまま微人族達の集まる陸地へ降ろしてやった。彼らは歓声を上げ、私もひとまずホッとしたが、この様子ではまだ撤収には時間がかかるだろうとハチミツをそのままにし、自分の部屋へと戻った。

 仕事をしている間に数時間が経ち、そういえばハチミツはどうなったかとリビングに戻れば、微人族達は一人残らず居なくなっていた。

 しかしこのハチミツは処分だなぁと瓶を片付けようとしたところで、その脇に小さな、塩粒のような結晶が置いてあるのに気づいた。

 結晶の他に一枚の小さな紙が置いてあり、そこに小さい字で私にも読み取れる文言が書かれていた。

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