2024.10.11──歴史書

 良質な化石が多く取れるその海辺の岸壁は、石灰質の地質が美しい白き地層を作り出していて、地元住人から「横たわりの本」という名前が付けられている。

 実際、それを本と形容するのはあながち間違いでもなく、潤沢な埋蔵量の化石は、太古の時代の知られざる環境、生態系、気象を数多く明らかにし、まさに考古学者たちにとっての「辞典」として大いに役立てられている。

 端原四太はこの「横たわりの本」を発掘する日本人チームのリーダーで、二十年以上もほぼ毎日のように化石が出続けるこの神秘の地層に魅せられた一人だ。端原はある日、この「横たわりの本」の全体を透かして、俯瞰してみると一体どのような光景が広がっているのか? それを調べてみたくなった。

 端原は産官学に協力を仰ぎ、空中に飛ばしたドローンから特殊な放射線を発し、「横たわりの本」をCTスキャンのように詳細に分析する計画を練り上げた。そして一ヶ月以上もの調査の末、ついに「横たわりの本」の全体図を明らかにすることが出来た。

 結果は意外なものだった。化石は「横たわりの本」の全体に満遍なく埋没しているのだが、問題なのはその配置である。

 化石は、ある一種の文字の形になるように埋もれていたのだ。その文字が何列、何行、そして何層も続き、「横たわりの本」はまさに、白い土に化石で文字を綴った、巨大な本であることが判明したのである。

 急遽すべての発掘作業が取り止めとなり、その古代の文字の分析が始まった。端原もその結果を楽しみに待ち続けているが、一つ、残念な現実に向き合わねばならなかった。

 ドローンが撮影した「横たわりの本」には落丁があった。それはすなわち、この二十年によって、人々の手により掘り出された地層と化石のことである。

 自分たちが添削した文章が、「横たわりの本」の内容にどれだけの影響を与えたのか、端原は研究室に置かれた文字の断片を見ながら、溜息を吐いた。

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