2024.10.05──悩み封入屋

 悩み封入屋の朝は早い。連日のように予約が沢山入ってくるので、一日の内に出来るだけの案件を捌いておきたいのが心情だ。

 今日最初に来たのはK県に暮らす男子学生だ。野球部員でエースピッチャーをしていたが、故障によりスタメンを外され、そのままチームは地区予選に敗退してしまい、今後の目的を失って、将来が不透明だという。

 私はさっそく学生の頭を専用のドライバーで開け放ち、そこから「悩み」を取り出して、再び頭をビスで固定した。これだけでお客の悩み自体は消えたが、ここからが封入屋としての仕事である。

 取り出した「悩み」を特殊な間の中に入れ、隙間にはクッション材として砕いた貝殻をザラザラと入れる。「悩み」が隙間なく貝殻で埋もれると、缶の蓋を乗せて、プレス機にて圧縮、密閉する。

 缶詰に空気漏れがないことを確認すると、パソコンで文言を書き込み、それを印刷したラベルを缶に貼り付ける。ラベルの文言は、予約時に事前に承っていた期間が記されている。この学生の場合は10Y。十年経ったらこの缶詰を開けてくださいという意味だ。

 そして「悩み」を封入した缶詰をお客に渡して、料金を貰えば仕事は完了だ。

 悩み封入屋は、将来の為に悩みを忘れたい人のための仕事。悩みがある故に立ち止まっているが、その悩み自体を諦め切れない人々が、我々に仕事を依頼するのである。

 悩みを忘れた人々が缶を開封するとき、その悩みをどのように受け止めるかは、その人次第である。

 小休憩を挟み、私は次の客を呼んだ。

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