2024.10.04──約束
ダイサン隔離区画に入って一週間。六つ目の放置牧場を発見した。この辺りは平野が広がっており、畑もさることながらこのような施設を多く見かける。
牧場内には乳牛と思われる生物が大繁殖している。中霊子濃度はフェイズ5。人間では防護服なしだと五分も生きられない空間で、彼らは呑気に草を食んでいる。幾度かの代替わりをして耐性を得たのか、それとも、蓄積された毒がいずれ未来に花開いてしまうのかは分からない。
牧場の牛舎は崩れ、放牧地を囲う柵もほとんど無くなっているにも関わらず、彼らは律義に何十年前かの人間が指定した区画から出ずに暮らしている。大怨波当時に生きていた個体はさすがに居ないはずだが、それらの個体が日常的に受けていた教育を、彼らなりのやり方で子孫に伝えているのだろうか。あるいは、家畜としての性が遺伝子に刻まれているのか。
牛達を刺激しないように横を通過し、元々人が住んでいたであろう家屋の残骸に近づく。長い間風雨にさらされ、当時の生活を思わせる品々はほとんど残っていない。目に見て判断できるのは錆び付いたテレビと冷蔵庫、床に散乱した金属製の食器類、そして……おっと。
家主を発見した。大怨波当時に逃げ切れなかったのか、あるいはわざと残っていたのか、椅子に腰掛けてゆっくり眠っている。少し妙だ。腰かけている椅子は勿論だが、着ている服や帽子は、経過した月日に関わらず随分と綺麗に見える。家主本人はすっかり白く細ってしまったというのに……。
その時、後ろに気配を感じた。ダイナナ隔離区画にならず者が潜伏していた話を思い出し、急ぎ身を隠す。スイッチを一つ押せば、防護服が透明になる。
大きな影が部屋の中に入ってきた。それは一頭の牛だった。覚束ない足取りで、毛も少なく高齢の個体のようだ。
牛は椅子で休む家主の元まで近づき、その白い肌をペロリと舐めた。まるで汚れを落とすように、全身を丹念に舐めていく。そして口で器用に服を脱がすと、首を振って服についた埃やカビを落とし、そしてまた家主にゆっくりと服を着せてやったのだった。
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