2024.09.29──・・・(あまり)

 居住区総座標法が制定されてから、この地上のあらゆる場所に等間隔で細い「線」が引かれるようになった。プロジェクトマッピング技術とドローン技術のマリアージュを持って、世界は触れられない透明のブロックによって包まれたような形となった。

 線は1m毎に引かれており、その線と線が交わったところには「座標」が設定されており、全座標のデータは国営座標監査局によってまとめられている。座標はそこに存在する自然物、建造物、住民のすべてを捉え、国家はどの場所にどのような建物があるか、誰が住んでいるかを完全に把握することが可能となった。

 究極の監視社会と言っても過言ではないが、座標が国民にもたらす恩恵も当然ある。すべての住所を座標データとしてまとめられたことにより、配達物を目的地へ一瞬で転送することが可能になり、また事故が起きた時も座標を通して瞬時に情報が回るので、すぐさま救急車や消防車を派遣することも容易くなった。人々はプライバシーと引き換えに、利便性と安全性を得たのである。

 座標監査局の360°ドームモニターの中で仕事をしていると、まるでこの世界すべてを俯瞰している神の目を手に入れた心地になる。もちろん私とて座標に捉えられている一国民であり、わたしの家族や実家、親族すべての家もここにあるいずれかのモニターに表示されているのだが、視られていることと引き換えに己と身内の安全が確保されるのであれば、安いものである。

 ……だが、座標法によって暴き出されたものは、人々の暮らしだけではない。

 手元のモニターに一通のメールが届いた。私は厳かな手つきでそれを開き、嫌な予感が当たったことを確信した。

 【アンノウン】が現れたのである。それはここ最近立て続けに発生している、連続殺人事件の犯人の通称だ。

 座標法の制定により、ほとんどの犯罪はこの国から消滅した。犯罪を起こした現場も、犯罪を企むアジトも、座標によってすぐさま導かれ、瞬く間に確保が出来るからである。

 にも関わらず、【アンノウン】は誰にも捕らえられることなく殺人を続けている。この360°広がるいずれのモニターにも、その瞬間が映ったことはない……それが意味することは、【アンノウン】がこの世界のいずれの座標にも該当しないところで犯罪を企て、実行しているということだ。

 この世のモノならざる殺人者が、日夜誰かをこの世ではないどこかに連れ込んで殺している。

 いつから始まったかも分からないこの世の闇を、座標法は浮き彫りにしてしまったのである。

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