2024.09.25──今から始める少年野球 上

 夕焼けに染まる河川敷を、向柳大典は一人トボトボと歩いていた。

 上司の命令で取引先に応援に行くのはいいが、だったらその間の交通費を出してくれと思う。そうすればこうして運賃を浮かすため無理して徒歩帰宅する必要もないのだ。

 職場への苛立ちと足の痛みに苦しむ向柳の耳に、カキーンという小気味の良い音が聴こえた。音のした方を見てみると、グラウンドとして整備された場所で、ユニフォームを着た子供達が野球をしていた。見たところ小中学生くらいの子達で、硬式球を使っていることから、学校の部活動ではなく、地域のクラブチームであろう。

 向柳も高校まで野球をしており、このような河川敷で試合をしたことも幾度となくある。彼らの様子を見ているとノスタルジーに駆られ、向柳は足の痛みも忘れてフラフラとグラウンドの方へ近づいた。

 その時、バッターの打ったファールボールが、向柳の方へと飛んできた。突然のことに向柳は反応が出来ず、思わず目を瞑ってしまった。

 バシィッ、という音が至近距離で聴こえたが、身体のどこにも痛みはなかった。恐る恐る目を開けると、一人の少年が、向柳の目の前に立っていた。グローブを構え、先ほどのボールはその中に納まっている。

「いやー!! 危なかったね! だいじょうぶ!? ケガない!?」

「え? あ……はいっ」

 少年がグローブを持ったまま両手で向柳の肩を揺すり、向柳は困惑したまま返事をした。

 体格的に中学生くらいだろうか。髪を短く切り、よく日焼けした顔にはいくつか絆創膏が貼られている。

「ほっ、よかった~」肩から手を離した少年は、向柳の全身をチラチラと伺う。「キミぃ……見たことない制服着てるけど、どこの学校の子?」

「え? いや私は……」

 少年はどうやら向柳を学生だと勘違いしているようである。

 確かに背が低く童顔で、友人や職場の人間にもしょっちゅう弄られているが、まさか現役の中学生の子に同い年扱いされるとは思わなかった。今年で三十なんだが……向柳は正直に訂正するのが恥ずかしくなってきた。

「私は……隣の市の学校に通ってて、それで、キミ達のチームがすごいと聞いて観戦に……」

 我ながら随分雑な言い訳を並べるもんだと思ったが、向柳の話を聞いた少年は目を輝かせた。

「ほんと!? やったー! じゃあうちのチームに入ってくれるの!?」

「え!? いやそういうわけじゃ」

 言い切る前に少年は向柳の手を強く取った。

「監督ぅー! 入団希望の子が来ましたー!!」

「えぇえええー!?」

 向柳は少年に引き摺られるようにグラウンドへ連れていかれた。

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