2024.09.06──古代ジャム
田草川噴臣教授は古生物学、特に絶滅した植物系統の権威だが、年中フィールドワークばかりでほとんど大学に居つかず、学生の授業もほとんどを自習にするなどして、大学側には厄介者扱いされている。そんな教授の研究室に入る人間の数などたかが知れており、現在は僕を含めてたった三人の学生しか在籍していない。
そんな田草川教授の研究室だが、世界各地で集めてきた怪しいお土産で溢れており、僕が朝研究室に来て最初にする仕事が、それらのガラクタの整理である。今日も机の上に置いてあるものから片づけを始めたのだが、ふと、小瓶に入った緑色のペースト状のものが目に付いた。
「教授、それは?」
「ん? ああ、アルスフェーン島で買ったごく家庭用のジャムだよ」
アルスフェーン島とはアフリカ大陸の南西に位置する小さな島であり、白亜紀の生物化石の良質な産出地として、学会で注目が集まっている土地だ。田草川教授も年に十回以上は訪れ、そこでフィールドワークに明け暮れている。
「ジャムですか……小さな種が入ってますが、果物ですか?」
「ああその種ね……結構面白いぞ、一粒取ってみたまえ」
あまり気乗りはしなかったが、スプーンでジャムを一掬いし、そこから種を摘まんでジッと観察してみた。妙な形の種だった。少なくとも身近なスーパーで売っている果物のどれとも大きく異なる……しかし、どういうわけか、僕はその種に見覚えがあった。
「これは……なんでしょう? トゲトゲしていて、あまり口に入れたくは無いフォルムですが」
「それはモストフェルドンの種だよ」
「へぇモストフェ……は?」
僕は種から視線を外して教授の方を見た。教授は微笑んでいるが、冗談を言っている風ではない。
「モストフェルドンって……白亜紀の終わりに絶滅した、あの?」
「もちろん」
僕は手に持った種を、顕微鏡を使って改めて観察した。間違いなかった。確かにそれは、化石で発見されているモストフェルドンの種そのものであった。
「じゃ、じゃあ……これは……モストフェルドンのジャム、なんですか?」
「興味深いと思わないか?」
教授がコツコツと僕の方に歩み寄った。
「アルスフェーン島の野外市場には、このジャムが当たり前のように売られている。モストフェルドンだけじゃない、他にも名だたる絶滅植物のジャムが量り売りされているぞ? 中にはこの私でさえ、種の同定が出来ないものまである始末だ」
言葉の出ない僕に教授は続ける。
「私はもう何年もアルスフェーン島の調査を行っているが、モストフェルドンの化石はまだしも、生きた姿など一度も目にしていない。だが、野外市場にはこのような絶滅植物の加工食品が不通に売られている……現地の人々はいったいどこから、どのようにこれらの植物を調達したのか? とても気にはならないかい?」
博士は研究室の隅から、使い古したリュックを取り出した。
「ちょうど今からそのアルスフェーン島に行く予定だったが……キミさえよければどうだ、付いてくるかい?」
その誘いを断る理由などなかった。僕は田草川研究室に好んで入った学生なのだから。
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