2024.09.04──黄昏の催事

 釣糸を垂らして5時間漁港で粘っていた重糊三笠は、いい加減意地を張るのをやめる頃だと重い腰を上げて、軽いバケツを持ってその場を後にした。

 陽はすっかり傾き、辺りには紫色の薄暗い不気味な雰囲気が漂っている。あと1時間くらい後に来るであろうバスを待つため、三笠はバス停に向かって足を伸ばした。

 漁港から道路を横切ったところで、三笠は「おや」とあるものを見つけた。近くにある小山の中で、所々ボンヤリと青い光が浮かんでいるのだ。

 最初はお祭りか何かだと思ったが、夏祭りをするにはもう遅いし、第一青い光の提灯など祭り掲げるだろうか? 興味の湧いた三笠は、その小山に足を踏み入れてみた。

 山中の地面は妙に湿っていて、例の青い光が反射してテラテラと光っている。先日この辺りに雨など降っただろうかと考えつつ、三笠はさらに山を登っていく。

 しばらくすると、苔むした石製の鳥居が見えた。そこを潜ると、不意にわいわいと、賑わいの声が聴こえてくる。

 さらに足を進めると開けた場所に出た。そこにはいくつかの出店が並んでいて、何十人かの人々があちこちを動き回っていた。頭上には青い光を放つ提灯が掲げられ、この場を明るく照らしている。

 なんだ、結局祭りじゃないかと三笠は半分がっかりしたが、そうだとしても奇異な光景には違いない。ちょうど正面の出店から何かを焼くような臭いがしてきたので、三笠はその店に赴いてみた。

 焼き鳥を焼くような金網とガスコンロが設置され、その上を串で刺された、何か細長いものが焼かれている。臭いの正体はどうやらこれのようだが、どこかで、つい最近嗅いだような臭いだ。三笠は顔を近付けて、その焼いているものをじっくりと眺めた。そして「あっ」と声を上げた。

 焼かれていたのはゴカイだった。釣り餌に使われる、ニョロニョロの細長い生き物。

「どうしたんだい、坊や」

 三笠が呆然としていると、焼きゴカイを団扇で扇いでいた店主が声を掛けた。

「ゴカイは嫌いかな?」

 三笠は店主の顔を見て、叫んだ。

 店主の顔は魚の鱗のようなもので覆われ、眼も魚のそれそのものだったのだ。

 そして店主だけではない。お祭りの会場に居るすべての人間が、同様の顔で、三笠のことをギョロギョロと見つめている。

 三笠は持っていた釣竿もバケツも放り捨て、その場から一目散に駆け出した。苔むした石鳥居を抜けたところで躓き、湿った地面に思い切り倒れ込んだ。

 そして顔を上げて後ろを振り返った時、さっきまであった賑わいも、青い光もすべてが消えていた。

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