2024.08.28──壁のシミ
壁紙職人の夕樫膳七は、斬新なデザインの壁紙を求めて方々を旅して回っている。
北ヨーロッパのとある廃屋に使われている壁紙が、地元の人達の噂になっていることを耳にし、膳七はさっそくその廃屋に足を運んだ。
かなり古い建物だった。その朽ち果て様から、ざっと百年以上は経過していそうだ。それは城や豪邸の跡地というわけでもなく、一般の人が暮らす普通の民家である。こんな建物に使われていた壁紙が、果たして自分の眼鏡に適うのだろうか?
屋根や柱の崩壊に気を付けながら、膳七は家の中へと侵入した。外がどんよりとした曇り空なのもあってか、家の中は昼間にも関わらず暗く、まるで様子が掴めない。
膳七は持参した懐中電灯を手にし、部屋の中を照らした。
光が壁に触れた時、膳七は息を飲んだ。
このような壁紙は、今まで見たことが無かった。クリーム色の壁に、人の顔、手、足、その他身体の部位の形をしたシミが、まるで水墨画のようにくっきりと残されているのだ。
あまりにも不気味であり、地元の人間には忌避されている壁紙……しかし膳七は、瞬く間にそのデザインの虜となってしまった。
膳七はすべてのシミをデッサンに取ると、業者を呼び出して家を解体。その壁紙を回収した。
日本の事務所に壁紙を持ち帰り、筒状に丸めたそれをゆっくりと広げながら、この壁紙を元にデザインする新しい壁紙の構図を頭に浮かべ、膳七はニコニコと笑みを抑えられなかった。
だが、壁紙をすべて広げた時、膳七は我が目を疑った。
そこには、北ヨーロッパの廃屋で見かけたあの見事なシミの芸術が一切書かれてなく、ただクリーム色の地味な壁紙が床に広がっているのみだ。
飛行機輸送による微妙な温度変化でシミが変質し、壁紙に吸収されてしまったのだろうか。膳七は烈火の如く怒り、壁紙を搬送した業者に電話をかけるべく、電話を置いてある方へ顔を向けた。
事務所の壁一面に、人の顔や手の形をした黒いシミが、びっしりと描かれていた。
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