2024.08.23──委託業者

 ある日のこと、オンラインのゲームショップにとあるゲームが無料配信された。

 実にシンプルな内容で、黒色の画面に灰色の点線が引かれ、それをマウスでなぞることで直線を引き、図形を作成するというものだ。

 出されるお題の図形はランダ生成で、なぞるべき点線は絶えず動き続けていたり、一つのステージを攻略すると、直線を引くのを妨害するトラップや、画面が反転する仕掛けなどが出てきたりで、単純ながら飽きさせない工夫が凝らされていて、無料配信ということもあって、世界中で一躍ブームを巻き起こした。


 貝盲智が休日にPCでそのゲームをプレイしていた時のことだ。その日は調子が良く、難易度が一番高いステージまで辿り着き、とりわけ複雑な図形に挑戦していた。

 あと一線で図形が完成しようとした、その時。

「止まれぇ! すぐにそのゲームを閉じろ!!」

 突然(鍵を掛けていたはずの)玄関の扉が音を立て開き、女性の声で上記の台詞が部屋中に響いた。智が振り向くと、戦闘服のようなものを身に着けた髪の長い女性が、ものすごいスピードで駆け寄ってきた。

 女性は智を押し退けPCを見た。そして「クソッ!」と大きな声を上げる。

「遅かったか! これでオンライン空間に『奴』のボディが構築されてしまった……!」

「ちょ、ちょっとなに!? なんだよあんた!? いきなり来てなにしてるの!?」

 智が怒鳴ると、女性が振り向いて頭を下げた。

「……突然のことで申し訳ない。キミにはまったく訳が分からないだろうが、たった今、世界中のネットワークを陥れる恐るべき脅威が現出したのだ」

「脅威……?」

「キミがやっていたこのゲームだが」女性がPCのモニターを叩いた。「これはただのゲームなんかではない。さる科学者が開発した、大規模なコンピューターウィルスを構築するためのツールなのだ」

 女性の話によると、このゲームによって作られた図形は、巨大なコンピューターウィルスのボディを構築するための素材であり、たった今、智が作った図形はそのウィルスの心臓に相当する箇所だったとのことだ。

「実に狡猾な科学者だ。自分一人でこの規模のウィルスを作ればすぐに判明して身柄を拘束されるが、こうしてゲームとして世に出し、不特定多数の人間に少しずつ胴体を作らせれば、発見を大きく遅らせることが出来る」

「どうするんです!?」

「ウィルスが解放されてしまったのならしょうがない……大規模な被害が出る前にこれを破壊しなくては! 私は本部に戻るが、キミにも付いてきてもらうぞ」

「僕も!?」

「人手が必要なんだ。コンピューターに慣れ親しんだような人手がな」

 そして女性は智の手を引き、智の家から外へと慌ただしく飛び出して行った。

 後に残されたPCの画面に、多くの図形で構成された魔人のようなものが一瞬だけ映り、すぐに消えた。

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