2024.08.19──Fishing Hug
その町に入ってすぐ、私は異様な光景を目の当たりにした。
町中の至るところに、一切の衣服を身に纏わない裸の男女が、真顔で立っているのだ。いや、よく目を凝らすと(やましい理由で凝らしたわけではない。決して)彼ら彼女らは地上から数十センチ上の所に浮かんでいるのが分かる。
さらに不思議なのは、男も女もそれぞれまったく同じ顔、体格をしていることだ。男は逞しく、女は美しい。そしてその異様な宙に浮く男女達の隙間を、服を来た普通の人々が、何事もないかのように歩いている。これは是非とも話を聞かなければなるまい。
「ああ、他所から来た人ですか。なら、あの『餌』には触れないことですよ」
話しかけた壮年の男性が丁寧に答えてくれた。「餌」とは何かと尋ねると、彼は近くの裸婦の頭上あたりを指差した。
「よくご覧なさい。うっすらですが、糸のようなものが見えるでしょう」
男性の言う通りにすると、確かに、裸婦の頭頂部付近から細い糸が空中に向かって伸びている。その糸を目で追っていくと、空を覆う分厚い雲の中に吸い込まれていった。
「あの雲はもう随分長いことこの町に居座っておりますよ」男性が苦笑する。「雲の上に居る奴らは『釣り』をしているのですよ。あの裸ん坊共は、奴らの垂らした釣糸にくくりつけられた餌です。うっかり触れようものならこちらを羽交い締めにしてきて、そのまま糸を引かれるという寸法ですな」
思っていたよりも物騒な話が飛び出してきた。私は改めて、町中に垂らされる「餌」に注目する。あれらが全て命を脅かす罠だと思うと、この町で生活するのは中々にしんどそうだ。
「羽交い締めですか……あれらに抱き締められるのは、そう悪い気がしないかもですね」
私が冗談交じりに言うと、男性は首を横に振った。
「そんな良いもんじゃあないです。奴らは『活き餌』ではなく『疑似餌』ですから」
男性はおもむろに足元の石を拾うと、それを「餌」目掛けて投げつけた。
石が「餌」に命中した、その瞬間。
その美しい顔がばっくりと割れて鋭く尖った牙が剥き出しになり、さらに背中の皮膚が破けて、骨がトラバサミのように前方を挟んだ。
そしてそれらの動作が完了すると、「餌」はとてつもない力で空中に引き上げられ、分厚い雲の中に消えていった。
数秒後、雲の中から舌打ちのような音が聴こえた。
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