2024.08.18──不協和音楽

 100年に一度の名手と謳われたギタリストが晩年に出した、一枚の不可解なアルバムがある。

 アルバム名は「Tungsten」。それは、おおよそ音楽とは呼べないノイズ音や雑音を集約した一枚であり、録音されている全ての音を、奏者が一人で作り出しているのだ。数十億円もするギターを使用して。

 彼の残したアルバムはいずれも名盤とされ世間で過大な評価を受けているが、それが一層Tungstenの異質さを際立たせている。晩年になり奏者が認知症で判断が付かなくなったから、と考察する人間も居るが、Tungstenの後にも二枚のアルバムを出しており、いずれも名盤だ。よって少なくとも、正気の脳で何か目的があって作られたアルバムであることは確かなのだ。

 レコード会社の意向により、Tungstenはその奏者の正式なアルバムとして数えられていない。出された本数も全世界で700枚と極めて少なく、熱心なファンにとっても入手が困難な代物となっている。

 そのTungstenが、今私の目の前のレコーダーで針を落とされている。部屋中に不気味な雑音が響き渡り、聴いているだけで背筋がぞくぞくと寒気立つようだ。

 私はその奏者のいずれのアルバムも所持しているが、取り分け、Tungstenが放つ怪しい魅力の虜となってしまった。私はこのアルバムの謎を解明したいと思い、国立大学の助けも借りて科学分析も行ったが、謎の尻尾すら掴めなかった。雑音は雑音のまま、という結果である。

 金切声のような弦の振動音に神経を逆撫でされながら、私は考えてみる。彼はこのアルバムを通して、あえて雑音を作り出したかったのではないか。

 どの場所でもほぼ完ぺきな演奏をしていた天才の彼だからこそ、演奏ミスなどによって生じる思わぬ音、予想外のメロディーに惹かれていたのかもしれない。だからこそ、あえて音楽の「失敗」の全てをTungstenに込めた、そうとも考えられるのではないかと。

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