2024.08.12──団扇と箒と笠と少女
ダム建設予定地の付近に十数年前廃村になったとされる集落があり、まだ誰かが住んでいないかを確認するため、調査員が派遣された。
木造の家屋が並ぶ集落は、そのほとんどが朽ちて廃墟と化していたが、一軒のみ綺麗に清掃され、窓から明かりが漏れ出ている家が見つかった。村の生き残りか、あるいは住む場所を追われた外部の人間が隠れ住んでいるのか、調査員は姿を見られないように気を付けつつ、窓から家の中を覗き見た。
そこには一人の少女が囲炉裏の傍に座っていた。他に人間の姿は無い。しかし少女は、しきりに口を動かして何者かと会話をしているようだ。
調査員は玄関に回り、ごめんくださいと声を掛けた。少し間が空いてから、薄い板の扉がゆっくりと開けられた。先程見た少女が不思議そうな顔で調査員を見上げている。
少女に案内された調査員は、改めて家の中をぐるりと観察した。やはり、少女以外の人間は居ないようである。少女はこの家、この集落で一人で暮らしているのか。しかし彼女は幼く、かつその身なりは清潔そのものだ。両親は今留守なのかと、調査員は少女に尋ねた。
「おとうもおかあももういない」
「……そうか。すまない。キミはここに一人で住んでいるのか? 他に人は居ないのか?」
「むらのひとはみんないない。だけどこのこたちがいる」
そう言って少女が指差した先を見ると、妙なものが置かれていた。囲炉裏を囲うように敷かれた座布団の上に、古い団扇、箒、笠がそれぞれ置かれている。少女はこれらの道具を指差し、この子達が自分の世話をしてくれた、と調査員に説明をした。
少女の言い分は分からなかったが、とにかく、このような廃村に幼児を一人残すことは出来ない。調査員はなんとか少女を説得し、その家から彼女を連れ出した。
玄関から外に出た時であった。家の中から突風が吹き、調査員の背中を押した。
驚いた調査員が振り向くと、団扇、箒、笠が宙に浮いた状態でこちらを見ていた。いや、勿論それらの道具に目は無いのだが、確かに見られていると、調査員は感じた。
時間にして数十秒間か、調査員と三つの道具は、玄関を挟んで睨み合いを続けた。そしてぱたぱたぱたと道具が床に落下したと思うと、いきなりその木造の家屋が倒壊した。
その後、ダム建設は予定通り行われ、集落から保護された少女は一度施設に預けられるも、調査員の養子として迎えられた。件の集落は現在湖の底だが、あの奇妙な団扇、箒、笠はそこには存在しないだろう、と調査員は思っている。
彼らは今も少女と、少女を譲り渡した自分のことを観察している。そのような気がするのだ。
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