2024.08.08──眼内魚類飼育症

 狒喰沙朱が朝目を覚ました時、部屋の中に大きな魚が泳いでいるのを見つけ仰天した。

 それを捕まえてみようと手を伸ばしてみるが、何故か魚には触れられない。それどころか、同居人に魚の存在を訴えたところ、彼女には魚が見えないと言う。

 しかし幻覚にしては、その魚はあまりにも実在感がある。沙朱は仕事を休み、行きつけの眼科に足を運んだ。

「これは眼内魚類飼育症ですね」

 医者はそう言って症状を詳しく説明した。どうやら沙朱が今見ている魚は実在する魚……それも沙朱の眼球内で泳いでいる魚なのだという。

 近年同様の症状を持つ患者は増加傾向にあるらしく、市販の目薬の中に魚類の卵が混入し、それが目に垂らされた後に卵が眼の中で孵化するのが原因だとされている。

 明確な治療法は確保されていないが、ひとまず人体への影響は軽微とのことで、沙朱は医者から目薬と眼内魚用の餌を受け取り、家に帰還した。

 夜寝る前、同居人に目薬と魚の餌を振りかけてもらう。魚の餌は粉状だったが、眼に触れても痛みは無く、視界の中で大きな魚がパクパクと餌を飲み込む姿が確認できる。

 眼の中の魚が寿命で死ぬまで、このような生活が続くとのことだ。沙朱は深く考えることは止め、その日は眠りについた。瞼を閉じた暗闇の中でも、魚は優雅に泳いでいた。

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