2024.07.26──種と個

 私が乗っていたセスナ機が未開のジャングルに墜落してからもう五日が経とうとしている。

 飛行機の運転手、現地ガイド、生物調査の為に同道した他の研究者は皆、墜落の際に命を落とした……生き残ったのは私だけだった。

 そして、その残された命も今、尽きようとしている。食料も水も無くなり、私は飢えと乾きで一歩も動けなくなってしまった。周りにあるのは正体不明の植物や、雑菌が繁殖する沼地ばかりである。

 万事休すか。そう思った私の視界に、あり得ないものが映った。

 そんな。あれはルーレツ豚だ。

 一万年前にこの地球上から姿を消したはずの、過去の生物が、私の目の前に居るのだ。

 研究者として、その生物の発見は身に余る栄光だった。しかし、飢えに耐えきれなかった私は……。

 ルーレツ豚は見た目は豚に近しいが、生物としてはアルマジロに近い種だと言われている。私はアルマジロの肉を食べたことはなかったが、確かに豚とは程遠い肉だということを、その日知った。


 ジャングルから救出され、帰国して二十年が経った今も、ルーレツ豚の新しい発見報告は一度もされていない。

 私が見たルーレツ豚。あれがこの地表に居た最後の一体であったのだろうか。

 ルーレツ豚の種の絶滅と引き換えに、私という個の命を救ってしまったのだろうか。

 それは二十年経った今でも答えの出せない問いであり、研究者としての大いなる後悔だ。

 その答えがいずれ導き出せる日を、その後悔がいずれ晴らせる日を祈りながら、私の命を繋げたルーレツ豚の骨格を丹念に調べ、研究を続けるのである。

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