2024.07.25──過去を崩す筆

 その画家の作画の才能は申し分のないものだったが、創作の才能にはほとんど恵まれなかった。

 有名画家の世界的名画をそっくりそのまま模写することが出来たが、彼のキャンバスには一度も彼のオリジナルの作品と呼べるものは描かれなかった。描きたくとも、構図も情景すらも浮かんでこないのだ。

 ある日自棄になった画家は、自信の模写の技術を活かして、名画と名画のコラージュのような絵を描き出した。例えばそれはモナリザの背後の景色がゴッホの夜景だったり、モネの睡蓮の茎にダリの時計が引っ掛かっていたり、ゲルニカの光景の真ん中にミロのヴィーナスが佇むといった、悪趣味ともグロテスクとも言える代物が、次々とキャンバスに描かれていった。

 画家の絵はSNSに上げられると、世界中に拡散された。半数が批判、半数が称賛といった割合ではあったが、画家は一躍有名人として連日メディアに取り沙汰にされた。

 有頂天になる画家だったが、それも長くは続かなかった。著名人や資産家から絵の以来が殺到しだしたのである。

 最初の方は、彼らの望むがままのコラージュ絵画を描いていた。しかしその内、自分を称賛する人間が求めている絵はあくまで過去の名画の露悪的リメイクであり、画家自身の絵は一切求められていないということを、日が経つ毎に思い知ることになった。

 画家はついに筆を折り、二度とキャンバスに向かうことはなくなった。彼が最後に描いたものは、コラージュ名画の上に大きく引かれた黒の×であった。

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