2024.07.22──魔術師
猛暑の夕刻、汗を拭いながらバス停でバスを待っていると、隣にふらふらと痩せたお爺さんが歩み寄ってきた。
随分と変な格好をしているご老人だった。見たことのない装飾の施された黒いスーツをピシッと着こなし、髪の毛はほとんど抜け落ちているが、頭頂部付近だけ黒々とした長い髪が生い茂っている。
何よりも奇妙なのは、左手首にガムテープのロールを、すっぽりとはめていることだった。
そのお爺さんは随分と暑さにやられているようで、今にも倒れてしまいそうに感じた。僕は鞄の中に未開封の水のペットボトルがあることを思い出し、それをお爺さんに手渡した。お爺さんは何の躊躇いもなくそれを浮けとり、あっという間に飲み干してしまった。
「いやぁ、おかげで生き返った。是非お礼をさせてほしい」
お爺さんは先程よりも生き生きとした表情で、そのようなことを言った。
「実は私は、これでも魔術師の端くれなのだ。一つだけ、キミの願いを何でも叶えてあげよう」
思ったよりもユーモアのある人のようだ。次のバスまではまだ時間があったので、僕はお爺さんにノッてあげることにした。
「じゃあ少しでも涼しくなるように、ドザッと雨を降らしてもらおうかな?」
「お安いご用だ」
僕が仰天したのは、お爺さんがそう言ってから次の瞬間だった。お爺さんはその場からフワーっと宙に浮き始め、数秒後には遥か上空にまで達した。
空に着くと、お爺さんは左手からガムテープのロールを外し、空中の雲と雲とをガムテープで繋ぎ始めた。数分もしない打ちに雲はテープで固められた巨大な入道雲となり、段々色も黒くなっていった。そして──
ピカッ、と一際大きな雷が鳴ったかと思うと、先程の炎天下が嘘のように、辺り一面が土砂降りとなった。周りの人々が一目散に屋内や屋根の下に避難している。
ハッと上を見ると、空中に居たはずのお爺さんの姿はもう無かった。その代わり、雷鳴と共に大気中でお爺さんの笑い声が響き渡っていた。
はははは──ははははは──わーはっはっは──
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