2024.07.21──遠方の洗い場

 市内の科学汚染の割合を調査するため、集合住宅の壁面に元素釣器を振るった。

 これは、粘着剤を塗布した極細の糸をロッドのしなりを利用して遠距離や高地にある対象にぶつける道具で、釣竿に似た見た目からこのような名前が付けられている。粘着剤は糸が掛かった物体の表面をわずかに剥ぎ取り、そこから採取される粒子から元素を調査するというわけである。

 集合住宅から採取された元素の割合は先月とほとんど変化は見られなかったが、その中に見慣れない物質がわずかに含まれていた。

 詳しく調べたところ、その物質は深海に生息する魚類の鱗の欠片だという結果が出て、科学者達を困惑させた。と言うのも、調査を行った集合住宅は海辺より10km以上も内陸に建てられているからである。

 例え海辺であろうと、深海に生息する魚の物質がなぜ地上の人の住居で採取出来るのか? 科学者達はカメラを設置し、件の集合住宅を見張ることにした。

 決定的な映像が撮れたのは、観測を始めて十日後のことだった。

 深夜の時間帯。街灯に照らされた建物に、一つの小さい影が近付いてきた。拡大してみると、それは深海性の魚だった。先日の調査で物質が見つけられた件の種である。

 魚はさらにもう一匹、さらに一匹と集まっていき、最終的には20匹程度の群れとなった。

 彼らは建物の壁面に自分の身体を擦り付けていた。その映像が撮れたすぐ翌日に壁面を調べたところ、寄生虫が数種類発見された。壁面に身体を擦り付けることで、体表の寄生虫を取っていたのである。

 魚達の滞在時間はほんの数分間で、身体のクリーニングが済むと皆一斉にその場を立ち去って行った。別の場所に設置されたカメラに、魚は空に向かって飛んでいく姿が観測された。

 海から空を通って来ているのか? それとも元々空に生息している魚達なのか? わざわざ集合住宅まで赴いて寄生虫を取ろうとしているのは何故か? 研究が進められている。

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