2024.07.09──指揮棒
『なんでも斬れる居合の達人』という売り込みで普段から多くの仕事を頼まれるのはありがたいのだが、やはり誇大広告に過ぎた気がする。
例えば今日入ってきた依頼だ。
『この国で一番高いヴァルハラタワーを両断せよ』
馬鹿か。
なんで一人の人間が高さ1,000m超のビルを斬れると思ってんだ。居合に夢を見すぎか。そんなヒーローに憧れる子供のような純粋さでデカイ悪事を頼んでくるな。
だが断れば『なんでも斬れる』の謳い文句が錆び付いてしまう。一度綻びが生じたアピールポイントというやつは、十年以上は業界で引き摺られるものだ。せっかく商売が軌道に乗ってきた矢先、そんな大きな縁石に乗っかりたくはない。
だから俺は高層ビルを斬らなくてはならない。しかし、居合の一閃をもって斬り倒すというのは、現実問題不可能である。
鉄や諸々の合金を断つことは容易い。俺の使うカタナは特別製であり、実績もある。
問題はビルの厚さだ。俺のカタナの刃渡りじゃ、百回斬ったって足りない。そんなに何度も得物を振り回していれば評判が悪くなるし、何よりビルの警備に絶対にバレる。
方法を考えなくてはならない。俺は準備のために事務所を離れた。
決行当日。俺の目の前には、この国の最高峰、ヴァルハラタワーが聳え立つ。
俺は黒い服装で闇夜に身体を溶け込ましながら、カタナの柄に手を掛けた。
依頼人は、近くにある別のビルの上階から仕事を見物しているとのこと。失敗は許されない。
俺は柄を強く握った。
次の瞬間。暗闇の中で白い刀身が光った。
永遠のような数秒間が経過する。そしてその時は訪れた。
ズズズズズとう重い音を立てながら、ヴァルハラタワーは根本から傾き始め、轟音と共に倒壊した。
俺の持つ携帯に、依頼人から『Amazing.』と短いメッセージが届いた。なんとかお気に召してくれたようだ。
俺は刀を鞘に納め、警察が駆けつける前にその場を撤収した。
ヴァルハラタワーを引っ張ってくれた、重機を操作する仲間にもしっかり連絡を入れて。
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