2024.07.07──噂の魔香屋
王都東地区の一角に店を構える魔香屋ロイゼン。
空が薄っすらとしている営業時間前の早朝に、店の二階で店長が若い店員に説教をしていた。
「……よしテンボス。お前がいったい何をやらかしたか、もう一度自分の口でおさらいしてみろ」
「は、はい……私は店に並べる新商品を考えておりました……」
テンボスと呼ばれた若い店員がたどたどしく話し始める。
「魔香屋といっても王都には10以上の店があり……私はそのどこにも置いていない新しい香りのものをと、色々と試しました……マンドラゴラなどを使ったものは最早ポピュラーであり、別の魔法性植物を使っても、香りには大した違いがなく……なので私は、モンスターを利用してみることにしました」
「そうだ。そうだとも。それでお前は私に断りも入れず、王都の外の未整備地へ単身出掛けたな?」
「お、おっしゃる通りです……」
テンボスの顔にダラダラと汗が浮かぶ。
「モンスターを利用した魔香も当然あります……乾燥スライムや化け蛙の涎石を使用したものなんかは高価ですが、民に人気の流行品です……だから私は、出来るだけ珍しいモンスターから素材を取れればと……危険を省みずに未整備地の奥へ行ってしまいました……」
「そうだ……未整備地の、奥に、だ……」
店長がテンボスのことをジロリと睨んだ。
「そしてお前は戻ってきた」
「はい……なんとか怪我もなく……」
「しかもちゃんと素材を持ち帰ってな」
「持参した籠に入りきらず大変でした……」
「そしてまたまた私には黙って、その材料で魔香を作り、店頭に並べた……そうだったな?」
「……はい……」
「…………商品名はなんだった。もう一度! ……言ってみろ」
「はい……あれは──
竜麟香、です」
「おっっっかしいだろォ!?」
店長が怒鳴り、テンボスは「すいません!」と頭を下げる。
「なんで一介の調香師が単身手ぶらで未整備地に入ってドラゴンを仕留められるんだァ!? 王都中大騒ぎだわ!! みんな魔香を買いにじゃなくお前に会いに店に来るわ!!」
「いやほんとその節は……新商品が全っ然売れなくて無念です……!」
「そこじゃねェだろォーッ!!」
店長がダンダンダンと床を踏み鳴らす。
「そしてついに先日お前は王城に呼び出されたわけだが、お前なんて言われた!?」
「えーと……魔王征伐の勇者に私を任ずると……」
「なんでたかが魔香師が魔王を倒しに行くんだよっ!?」
「さ、さぁー……」
テンボスが曖昧な返事をしている内に、店の一階の入口から立派な鎧を身に着けた騎士が声を掛ける。
「テンボス殿、そろそろ……」
「店長! この繁忙期に本当すいません!」テンボスが慌てて旅行用の鞄を背負った。「魔王を倒したらすぐに仕事に戻りますので! どうかそれまでのご辛抱を……!」
「魔王を倒しちまったらもう店員として雇えねェよォオー!!!」
店長の悲壮な絶叫が、朝日に照らされる王都に響き渡った。
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