2024.07.06──ペインフッターの冒険

 前日訪れた登山道が思いの外の悪路だったことが災いし、迷木墨網の足は激しい筋肉痛に襲われた。

 歩くことは愚か、布団から立ち上がることすらままならない。だが動かねば仕事にも行けないし、家事だって出来ない。墨網は足を使わずに動ける方法を思案し、まず匍匐前進で布団からの脱出を果たした。

 次に朝食だ。この体勢のまま冷蔵庫に近付いても、下の段しか開けることが出来ない。勿論下の段にも食材はあるが、そこに入っているのは野菜と果物だけであり、一日に取る必須栄養素マラソンの走り出しがかなりのスローペースとなってしまう。

 考えた墨網は、冷蔵庫の前で逆立ちをした。そして上に向けられたつま先でもって、上段の扉を開けることに成功した。そのまま足を勢いよく冷蔵庫の中に伸ばし、未開封だった牛乳を床に蹴り落とす。これでタンパク質を確保することが出来た。

 野菜と牛乳で腹を満たした墨網は、先程冷蔵庫の上段を開けた要領で歯ブラシを落として歯を磨き、ロッカーからハンガーにかけられたスーツを落として着替えにも成功した。これで後は家を出るだけの状態までもってきたが、果たしてこんな体勢で外を出歩いてよいものかと、先程摂った朝食の栄養が頭に回って墨網は冷静に思考する。

 自動車に乗れれば後は座ったままの状態で運転が出来るのだが、愛車を停めている立体駐車場はここから数十m先であり、今の状態で向かおうと試みれば、到着する頃には遅刻が確定してしまう。

 つまりは、人目にさえつかなければいいのだと墨網は結論付ける。そう決まるや否や墨網は家を飛び出し(なお家の鍵は先程の逆立ちの応用で頑張って掛けた)、歩道脇に植えられた低木の中に飛び込んだ。そのまま低木の中を進んでいけば、誰にも見られることなく会社までの距離を縮められるという、今の墨網が出せる最善策である。

 だがこの後も、どのようにして低木のない横断歩道を渡るか、どのようにして駅のホームから電車に乗るか、どのようにしてエレベーターのない建物の6階にあるオフィスへと向かうか、数々の試練が墨網を待ち構えている。

 進め墨網。すべては、出社時間までにタイムカードを押すために。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る