2024.07.04──蛹の受難

 寄生蜂というものは、蛾の蛹などに卵を植え付け、そこで孵化した幼虫が宿主を食いつくし、成虫になると蛹を突き破って外に出ていく。そのため、蛾の蛹から蜂が羽化したような、おぞましい画が生まれる。

 それは昆虫会でよくある光景だが、もしこれが哺乳類の間で起きたらどうなるだろう? 牛の腹から熊が生まれ出たら? 子犬が成犬に変わるプロセスを経て鳥へと変態したら?

 蛾の蛹から孵化した蜂はすでに責任ある立派な大人である上、背中には十分な能力を誇る羽がある。誰彼憚ることなく自由に空を飛んでいけることだろう。

 だが哺乳類は外の世界に生まれ出た瞬間は誰も彼もが未熟だ。その未熟な存在が、親とは異なる存在として生まれれば、必ずそこには迫害が生じる。なぜそのような目に遭うのか明確な答えを得られるままに命を落とし、または群れから追放されることだろう。


 そして前置きが長くなったが、この私も蛾の蛹から羽化した蜂なのである。

 私の父親はタンカーの船員をしている人間で、母親は高層ビルの一室でキーボードを叩いているこれまた人間である。

 だが、その二人の間に生まれ出でたこの私は、二足ではなく四足で歩き、身体中から黒い毛が生え、鋭い爪と牙を持つ、一匹の猫なのだ。

 人から猫が生まれた。この一大事件が世を騒がすどころか噂も出回っていないところに、生まれてから私が受けた扱いを察してもらいたい。そうは言いつつ、私自身もどのような経緯で父母その他親戚のコミュニティから脱落したのか、はっきりとは思い出せない。気が付けば都会の湿った路地裏にて、他の猫をまとめるリーダーのような暮らしをしていた。

 両親のことは配下の猫達を四方に散らし、詳しい情報を集めて認知した。今でも二人はタンカーに乗ったりキーボードを叩く暮らしを続けているらしい。

 人から羽化した私はこれからをどう生きるか、好みでもない牝の猫に囲まれながら、思案の日々は終わらない。

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