2024.06.30──魔を退ける者㉚
古代の墓の上に、二つの生命が並び立つ。
一つがゾンビ。
一つが退魔師。
退魔師は、懐からナイフを取り出した。ゾンビを滅する退魔物質で作られた、聖なる凶器。昨日ここで葬り去ったゾンビと同じように、目の前のゾンビを倒すため、その剣を構える。
「最後に一つ」
ゾンビは己を屠るその切っ先から目を逸らさず、退魔師に尋ねる。
「私の正体に気付いたのは、いつ?」
「まず違和感は駅からありました」退魔師は質問に答える。「私の胸倉を掴んだ貴方の力は、途轍もないものでした。我々退魔師は、見た目の割りには身体を鍛えてるんですよ。だけどまったく振り払えなかった」
退魔師の言葉にゾンビは目を丸くした。
「おっどろいた……会った時からバレてたの?」
「その時点では本当に違和感程度でしたよ」退魔師が微笑む。「貴方のことを疑い出したのは、貴方の話を聴いて、自分の得た情報との整合性を確認した時です」
「得た情報?」
「駅で別れてすぐ、私はN県警の知り合いに連絡を入れて
ゾンビは口を尖らした。
「相変わらず根回しがいいんだか、周到過ぎるんだか……嘘だと分かっててあんな真剣な顔で私のホラ話を聴いてたわけね」
「実際真剣でしたよ。話の正誤はともかく、貴方の真意を探りたかったので……そして貴方の正体に確信を持てたのは、貴方の残した調査ノートを読んだ時」
退魔師はスッと、表情から笑みを消した。
「それは一年以上にも渡る綿密な調査記録で、退魔師が見ても信頼に当たる情報でした。故に、私がここに来た理由である『事件』は、非常に浮いておりました……何年、あるいは何十何百年にも渡り、誰にもバレず狩りを続けていたゾンビが、あんなにも雑に遺体を現場に残すはずがないんですよ」
「正確には遺体ですらないけどね」そう言ってゾンビは笑った。「あれは『抜け殻』……人間だった頃の残滓であり、自分勝手に行動して身を滅ぼした女の成れの果て」
「貴方はそれを敢えて残した」
退魔師は笑わない。
「あれは貴方のメッセージだ。私を……退魔師を呼んで、この地に潜む脅威を退けるための」
「あなたはそれを読み取ってくれた」
「遅すぎました」
「奴を倒せたじゃない」
「2年前にやるべきだったのです。全ては2年前に……」
退魔師とゾンビが黙り、山中に静かな時間が流れる。
ふたたび風が吹き、一枚の木の葉がゾンビに落ちた。
ゾンビはそれを躱さず、葉の触れた肌の一部は、水のように溶け落ちた。
「……貴方は、立派です」退魔師が口を開いた。
「そうかな」ゾンビも口を開いた。
「ゾンビと化しても、己自身ではなく誰かの為に動き」
「奴がムカついただけよ」
「激しい飢えが襲ったはずなのに、何人も襲わず」
「珈琲すら飲めなかったのは辛かったなぁ」
「最後は己の危険も省みず、あの脅威に悠然と立ち向かった。貴方は、本当に……」
「立派だろうと」
ゾンビは退魔師に言った。
「偉かろうと、肉親だろうと、親友だろうと、恋人だろうと、そのモノの存在をこの世から退けること……それが
ゾンビは退魔師に、かつてしていたような柔らかな笑みを向けた。
退魔師はそれを見て、静かに頷いた。
「──貴方とまた会えてよかった」
退魔師は、ナイフを上に掲げた。
「さようなら、
「さようなら──
この世界から、一つの魔が退けられた。
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