2024.06.27──魔を退ける者㉗

【────は?】

 ミ・ナ・ライブーは困惑の声を上げた。

 己が着地した衝撃によって木々から振り落とされた小さな葉っぱ。その一枚の葉っぱが身体に触れると、その箇所がドロリと溶解した。

 炎によって焼けた身体はあと数分もすれば完治するだろう。

 だが、その葉っぱによってもたらされた破壊は違う。不可逆的な破壊。細胞レベルでこの世から消滅し、二度とは戻らない、確信。

「もうお気付きでしょう」

 目の前に居る人間、土屋ツチヤの声にミ・ナ・ライブーは我に返った。

「その葉っぱはゾンビである貴方の身体を破壊した。つまり、それは『退魔物質』です」

【たい……ま……? 馬鹿な……昨日までは……】

「そう、昨日まではただの森でした……私がこれを散布するまでは」

 そう言って、土屋は懐から一本の瓶を取り出した。中には空色の透明な液体が入っている。

「昨晩における山の調査の際、私はこれを地面のあちこちに撒きました。この薬品は土壌に染み込ませることによって、そこから水分を吸収した植物や菌類を退効果があります。つまりは……山全体が、巨大な退魔物質の檻となったのです」

【う……嘘だ! そんなことが!】

 ミ・ナ・ライブーが一歩進もうとし、その巨体の一部が近くの木の枝に触れた。

 ジュワッ、という音と共に、その体表の一部が溶けて落ちた。

【~~~~~~ッッッ!!!】

 ミ・ナ・ライブーが声にならない叫びを上げた。その様子を見て、梨本ナシモトは唖然とする。

 昨日と言えば、土屋がこの街に到着した、その日のはずだ。

 たった一日目にして、土屋はゾンビの潜伏場所に目星を付けただけでなく、こんな大規模な罠を仕掛けていたというのか。

 これが、退魔師なのか。

「まあ変質と言っても、3日もすれば元の土壌に戻るので、ご心配なく……さて」土屋は聖銀ナイフを構える。「これで貴方は巨体を活かした攻撃も、触手を伸ばして戦うことも困難となりました。出来るのは、こうして正面から私とぶつかり合うことのみ」

 ざし、と土屋は落ち葉だらけの地面に一歩踏み出した。

「──決着を付けましょう」

 土屋は、ミ・ナ・ライブーに向かって駆けた。小細工なしの正面突撃である。

 それを見たミ・ナ・ライブーは怒声を張り上げる。

【小虫がぁ!!! これで余の力を奪ったつもりかっ!! いくら身動きが取れまいと!! 貴様の貧相な剣より余の腕の方が長いわぁ!!!!】

 ミ・ナ・ライブーの身体の正面が盛り上がり、一本の触手が飛び出した。

 ──駄目だ! やられる!

 梨本はそう判断した。土屋が持つナイフよりも、ミ・ナ・ライブーの触手の方が、リーチも速度も格段に違った。


 しかし、その攻防において「初撃」を受けたのは、ミ・ナ・ライブーの方だった。


 バチンッ。

 前方から高速で飛んできた「何か」が、ミ・ナ・ライブーの眉間に命中した。

 突然のことに、ミ・ナ・ライブーは目を瞑り、それによって触手の動きは鈍った。

 ミ・ナ・ライブーが次に目を開いた時。

【…………あ?】

 ナイフを握った土屋が。

 目と鼻の先に居た。


 ドスッ。

 土屋の持つナイフが、ミ・ナ・ライブーの頭部に深々と突き刺さった。

【  か   あ  あぇ  】

 口から声にならない音を発しながら、ミ・ナ・ライブーは触手を伸ばし、土屋を引き剥がそうとした。

 だが、その前に触手の先から身体が溶け始め、わずか数秒の内に全身が溶解し、地面へと流れ落ちていった。

 シュー、シューとガスの抜ける音と共に異様な臭いが辺りに漂ったが、それもすぐに臭わなくなった。

 梨本は一瞬の攻防で何が起きたのか分からなかったが、土屋の握るナイフの端から、一筋の煙が上がっていることに気付いた。

 それは「硝煙」だ。

 土屋のナイフには小型の銃が仕込まれていて、そこから放たれた弾丸が、ミ・ナ・ライブーの眉間を突いたのだ。

「……退魔物質は熱に弱く、銃としての利用価値はありませんが」

 土屋はナイフを仕舞った。

「一瞬の隙を突く小細工程度には、役に立ちます」

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