2024.06.26──魔を退ける者㉖

 土屋ツチヤがナイフを振るい、梨本ナシモトを拘束していた触手を切断する。

 解放された梨本はゲホッゲホッと咳き込み、クリアになった視界で現状を確認する。

 古墳内部の通路は先程よりも明るくなった。その光源は、目の前に居るミ・ナ・ライブーを燃やす劫火によるものだ。

「やった……!」梨本は歓喜の声を上げた。「これでついに奴を……!」

「……やはり駄目ですか、これでは」

「え?」

 土屋の言葉に梨本が反応するのも束の間、目の前の炎の塊が大きくうねりだした。

 火に焼かれながらもその胴体からは新しい触手が生え、頭部と思われる黒くて丸い塊がパカリと、くす玉のように開く。

【きさまらぁぁああ!! よぉぉくもぉぉあ!!】

 この世のものとは思えないおぞましい叫び声が古墳全体に響いた。梨本は驚愕する。

「ば、馬鹿な生きてる!?」

「通常のゾンビならこの火でも効果はあるのですが……この規模の変異体ともなると決定打にはなりませんか」

 淡々と述べる土屋の肩を梨本がガクガクと揺らす。

「どうすんだよっ!」

「とりあえずこの場で打てる手は全て打ちました。退きます!」

 土屋が踵を返して走り出し、ワンテンポ遅れて梨本もその後に続く。

 二人の背後ではズル、ズル、という音が鳴り、その音と共に通路を照らす明かりが大きく揺らぎだす。

「お……追ってきている!」

「足を止めないで梨本さん! とにかくこの通路から脱出するんです!」

 十数秒の激走の末、ついに二人は元来た入り口から外へと飛び出した。

「バケモノめ……! このまま蒸し焼きになりやがれ!」

 梨本は入り口を塞いでいた重い石の扉を持ち上げると、再び古墳に蓋をした。

「よし! この後はどうする!?」

「このまま古墳の上、山の方へ登ります」

「山の方!? なんでだ!?」

「古墳から離れれば奴が追ってきて街の方に被害が出ます。とにかく急いで! 出来るだけ森の奥へと入ります!」

 土屋は登山道を介さず、藪を掻き分けながら山を登り始める。

 梨本もその後に続くが、土屋に向かって疑問を投げ掛ける。

「おい待てよ! 追いかけてくるって、奴は古墳の中に閉じ込めたぞ! このまま燃え尽きて……」

「梨本さん、奴はこの古墳を潜伏場所にしていたのですよ」足を止めずに土屋が返す。「そして、我々が潜入する時も扉は閉じたままだった。それはつまり……!」

 土屋が急に足を止めたので、梨本は勢いで転びそうになった。

「おっ! おいどうした!?」

 土屋が前方を指差した。梨本はその先を見ると、再び恐怖に顔を歪ませる。

「あ……! あぁ……!」

 二人の前方の地面から、一本の触手が近くの木と並んで伸びていた。

「……ああやって、地面を掘り進みながら狩りに出掛けているんです。奴は」

 途端、触手の周りの土が大きく盛り上がり、巨大な肉の塊が地底から飛び出した。

 肉塊は10mほど上空に飛び上がり、そのまま落下して古墳全体を揺らす。

 炎で焼け爛れたその相貌で、ミ・ナ・ライブーは土屋と梨本を睨んだ。

【このミハルガノクニ全ての大地が余のねぐら──決して逃げることは出来ぬ】

 振動により揺れた木々から葉っぱが抜け落ち、ひらひらと地上に降り注いだ。


 その一枚がミ・ナ・ライブーの身体に触れた瞬間、ミ・ナ・ライブーの身体が溶けた。

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