2024.06.25──魔を退ける者㉕

「がっ……あ……」

 尋常ではない力が梨本ナシモトの首に加えられる。触手が皮膚に食い込み、骨が軋み、呼吸が出来なくなる。

【くぷ……矮小なる者共にしてはよくやるが、ここが余のねぐらであることを忘れたか?】

 ミ・ナ・ライブーが湿り気のある笑い声を上げると、途端、古墳内部の床と地面がうねり、そこから何本もの触手が飛び出した。

 梨本は酸欠で掠れていく視界の中、周りの触手を目で追った。それらはミ・ナ・ライブーの足元から伸びたものが一度地面に入り込み、まるで木の根っこのように通路全体へと張り巡らされていた。

 自分達は、ここに入った時から既に、奴の術中に嵌まっていたのだ。

「……梨本さん」

 土屋ツチヤが話し掛けてきた。梨本は声が出せなかったため、目線だけで土屋に応える。

 すまなかった。お前が引けと言ったのに、でしゃばった結果がこの様だ。俺のことは見捨てて、お前だけでも逃げてくれ。

「いえ、私は貴方にお礼を言いたいのです」

 土屋の思わぬ言葉に、梨本は目を点にした。

【……? なんだ、これは……】

 不意に、ミ・ナ・ライブーが怪訝そうな声を上げた。奴の目線は土屋でも梨本でもなく、自分の手足である周りの触手に向いていた。

 そこで梨本は気付いた。自分の首に絡まる触手を除いて、全ての触手の表面が、キラキラ光る液体で濡れているのだ。

「貴方が行動を起こしてくれたおかげで、上手いことが張れました」

【いったい何を言……!? 貴様!? それはっ!】

 ミ・ナ・ライブーが叫ぶと同時に、梨本も土屋の「策」に気付いた。

 いつ出したのか、土屋の足元にはテニスボール大の黒い瓶が幾つも転がっていた。瓶の蓋は全て開けられていて、その中に入っている液体が溢れ、床や壁を濡らしている。

 そして通路の表面を縫うように伸びたミ・ナ・ライブーの触手にも、その液体が満遍なく付着している。

「手垢の付いた仕掛けではありますが、こういう狭いところでは効果的です」

 土屋は懐からマッチを一本取り出し、それを擦った。

【まっ……】

 ミ・ナ・ライブーが声を上げると同時に、土屋は火の点いたマッチを地面に落とした。


 土屋の足元から発生した炎が、油で濡れた触手を伝い、ミ・ナ・ライブーの身体を明々と燃やした。

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