2024.06.17──魔を退ける者⑰
最初に沈黙の帳を破いたのは、先方だった。
【……ほう。許可もなく余の住居へ足を踏み入れた愚か者と思えば、案外慎重のようだ】
その声を聞いて、梨本は全身の毛が逆立つような悪寒に襲われた。それは声というにはあまりに奇抜で、まるで肉食獣が鋭い爪で鉄板を引っ掻いたような、聴くだけで耳に激痛が走る怪音だった。
しかし土屋は動揺を見せず、声の主に対して
「お休みのところ失礼いたします……貴方は、最近ここいらで噂の中心に居られるゾンビだと見受けられますが、いかがでしょう?」
【ぞんび? クク、ヌグププ】
液体が泡となって爆ぜるような湿った笑い声が暗闇に響く。
【余をそのような低俗なる存在と同義と捉えるなど笑止。笑止千万。余こそこのミハルガノクニの王であり、夜の神の化身である】
闇から聞こえる声に対し、いくらか正気を取り戻した梨本が強気で返す。
「王……? ミハルガノクニ……? 随分大層な口を聞くが、実際は穴の中にこそこそ隠れて人間を貪り食ってる卑怯者だろうが! 威張ってねぇでそっから出てこい!」
【クプクプ……実に愚か。しかしそんな愚か者に寝室まで荒らされては敵わぬ故……望み通り王の御身体、見せてしんぜよう】
ずる。
突然。暗闇の奥から何かを引きずる音が聴こえてきた。
それはずるり、ずるい、と段々こちらに近付くに連れて大きな音となっていき、かなりの重量のものが動いていることが分かる。
土屋の持つ懐中電灯の明かりが、その近づいてくるものの一端を照らした。二人は身構えた。
……が、梨本はすぐにその態勢を解き、止まらない身体の震えと吐き気を押さえきれず、両手を口に当てた。
平静な態度を続けていた土屋の顔を、一筋の汗が伝った。
「おぁ……ぁぁ……ぁぁぁあああああああああ!!!」
梨本の指と指の隙間から、絶叫が鳴り響いた。
【余こそミハルガノクニの王──ミ・ナ・ライブーである】
懐中電灯の白き光に、何百本もの長い触手を伸ばした芋虫のような身体の人間が写し出された。
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